ニセモノ夫婦~契約結婚ですが旦那様から甘く求められています~
「常務」
エントランスホールに出ると、スーツ姿の女性がこちらに駆け寄ってくる。その言葉に反応した私は、颯馬さんの手を思いきり振りほどいてしまった。
あっ……と罪悪感を感じるけれど、颯馬さんの目はすでに女性を捉えていた。困ったように片方の眉を上げ、小さく息をつくのが聞こえてくる。
「西留。どうしてお前がここに?」
颯馬さんが声を掛けると、女性は「おはようございます」と深々と頭を下げる。垂れた前髪の隙間から覗く顔を見て、私ははっとした。
……この人、秘書課の西留さんだ。
私も勤めていた花椿堂の秘書課に所属している彼女は社内でも割と有名な存在で、私も何度か名前を耳にする機会があった。
三ヶ国語を話せるトリリンガルと語学も堪能。切れ者で仕事もできて、加えてクールな雰囲気が印象的な美人だ。男性社員も偶然廊下などで西留さんを見かけると、よく色めきたっていたっけ。そうか。西留さんって、颯馬さんの秘書をしていたんだ……。