三十路令嬢は年下係長に惑う
真昼は、少しだけ物言いはキツいが、真っ直ぐに信頼や好意を口にしてくれる。もちろん姉であるからこその気安さもあるのだろうが、見合いとはいえ、結婚直前までいった相手に『切り捨てられた』気持ちの残る水都子にとって、率直に必要としている事を口にしてもらえるのはありがたい事だった。
一方、弟の慎夜の方は、上に姉が二人いたせいか、感情を先回りされて先手を撃たれてしまいがちなせいか、自分の感情を表に出すことが苦手なようだった。
とかく、慣れた人間のみを周囲に置きたがるのも今に始まった事では無く、子供の頃からそうだった。仲良くなるまで時間がかかる反面、一度仲良くなると長く付き合う。
対象的な妹と弟が、今は同じ会社で社長副社長だというのは、父なりに考えるところがあるのだろうか。
今までは、自分は期待されていない長女として、一刻も早く家を出る事ばかり考えてきたけれど、今こうなってしまっては、腰を据えて実家の、ひいては父の稼業にインクルードされていく事を考えなくてはならないのだ。
入社祝い、おごるよ、と、真昼は言ったが、社内だからこそ割り勘にしようと言って、二人は揃って店を出た。
昼休み終了までまだあと少し時間があった。急ぎ社に戻るという真昼を見送り、水都子は会社近くにある大規模な書店に立ち寄った。
泥縄だとは思っていたが、もう少し知識はいれておきたかった。ネットでも入手は可能ではあるが、古い情報については紙書籍についても学ぶところは多い。
エスカレーターで外の景色を眺めながら6階にあるコンピュータ関連の書籍が集まっているフロアまで行き、平台にざっと目を通した。
流行にのった本が多く、水都子が求めているような基礎的な本は見当たらない。案内板を見て初心者向きの書籍の棚へ行ったが、そちらは分類が細かい上に取り出して数ページ見ると平易すぎて物足りない。
昼休み、残り時間はあまりない、さすがに短時間では無理か、と、下りのエスカレーターへ向かって歩き出した時、閲覧用の椅子に間藤がいる事に気がついた。声をかけるべきかとも思ったが、時間も無く、戻ろうと足を速めたところで間藤と目が合った。
そうなると、無視するわけにもいかず、水都子はおもわず、
「お疲れ様です」
と、ぎこちない様子で声をかけた。
すると、声に気づいたのか、間藤は顔上げて立ち上がった。
「ども、お疲れ様です」
言いながら近づいてくる間藤に、
「帰宅されないんですか?」
と、水都子が声をかけた。
「せっかくの早あがりなので、映画でも見て行こうかと思ったんですが、ここで力尽きちゃいましました、もう帰って寝ますよ、明日もありますから」
そう言いながら間藤は手にしていた本を元あったのであろう棚へ戻した。
「……あの!」
水都子が決意したように切り出した。
「結婚式の時の事なんですけど」
「ああ、写真! データありますよ、持って来ます、今度」
「ありがとうございます、いえ、そっちじゃなくて」
言いにくそうにしている水都子を間藤が覗きこむようにして尋ねた。
「あなたが結婚式当日に花婿に逃げられた哀れな花嫁だとか、吹聴したりしませんから、安心してください」
水都子はカッと頬を染めて間藤を睨みつけた。
「それに、俺、あの日、友人のピンチヒッターでカメラマンとして行ってたんですよ、あのホテル、うち、副業禁止じゃないですけど、あんまり大勢に知られたくはないので……報酬もらったいましたし、微々たるものではありますが」
秘密めいて打ち明けてくれるのは、打ち解けている様子を見せようとしているのか、と、思いながら、水都子はあいまいに笑って、
「そうだったんですか……」
と、言った。
「今の所あなたに役職はありませんが、俺のお目付け役なんでしょう? 大切にしますよ」
いじわるそうに言う間藤に水都子は何か言い返してやろうと思ったが、時間が無いことを思い出して言うのを辞めた。
「ゆっくり休んでください、また明日」
かとうじてそれだけ言うと、水都子は下りエスカレーターに飛び乗り、エスカレーターを駆け下りて行った。
一方、弟の慎夜の方は、上に姉が二人いたせいか、感情を先回りされて先手を撃たれてしまいがちなせいか、自分の感情を表に出すことが苦手なようだった。
とかく、慣れた人間のみを周囲に置きたがるのも今に始まった事では無く、子供の頃からそうだった。仲良くなるまで時間がかかる反面、一度仲良くなると長く付き合う。
対象的な妹と弟が、今は同じ会社で社長副社長だというのは、父なりに考えるところがあるのだろうか。
今までは、自分は期待されていない長女として、一刻も早く家を出る事ばかり考えてきたけれど、今こうなってしまっては、腰を据えて実家の、ひいては父の稼業にインクルードされていく事を考えなくてはならないのだ。
入社祝い、おごるよ、と、真昼は言ったが、社内だからこそ割り勘にしようと言って、二人は揃って店を出た。
昼休み終了までまだあと少し時間があった。急ぎ社に戻るという真昼を見送り、水都子は会社近くにある大規模な書店に立ち寄った。
泥縄だとは思っていたが、もう少し知識はいれておきたかった。ネットでも入手は可能ではあるが、古い情報については紙書籍についても学ぶところは多い。
エスカレーターで外の景色を眺めながら6階にあるコンピュータ関連の書籍が集まっているフロアまで行き、平台にざっと目を通した。
流行にのった本が多く、水都子が求めているような基礎的な本は見当たらない。案内板を見て初心者向きの書籍の棚へ行ったが、そちらは分類が細かい上に取り出して数ページ見ると平易すぎて物足りない。
昼休み、残り時間はあまりない、さすがに短時間では無理か、と、下りのエスカレーターへ向かって歩き出した時、閲覧用の椅子に間藤がいる事に気がついた。声をかけるべきかとも思ったが、時間も無く、戻ろうと足を速めたところで間藤と目が合った。
そうなると、無視するわけにもいかず、水都子はおもわず、
「お疲れ様です」
と、ぎこちない様子で声をかけた。
すると、声に気づいたのか、間藤は顔上げて立ち上がった。
「ども、お疲れ様です」
言いながら近づいてくる間藤に、
「帰宅されないんですか?」
と、水都子が声をかけた。
「せっかくの早あがりなので、映画でも見て行こうかと思ったんですが、ここで力尽きちゃいましました、もう帰って寝ますよ、明日もありますから」
そう言いながら間藤は手にしていた本を元あったのであろう棚へ戻した。
「……あの!」
水都子が決意したように切り出した。
「結婚式の時の事なんですけど」
「ああ、写真! データありますよ、持って来ます、今度」
「ありがとうございます、いえ、そっちじゃなくて」
言いにくそうにしている水都子を間藤が覗きこむようにして尋ねた。
「あなたが結婚式当日に花婿に逃げられた哀れな花嫁だとか、吹聴したりしませんから、安心してください」
水都子はカッと頬を染めて間藤を睨みつけた。
「それに、俺、あの日、友人のピンチヒッターでカメラマンとして行ってたんですよ、あのホテル、うち、副業禁止じゃないですけど、あんまり大勢に知られたくはないので……報酬もらったいましたし、微々たるものではありますが」
秘密めいて打ち明けてくれるのは、打ち解けている様子を見せようとしているのか、と、思いながら、水都子はあいまいに笑って、
「そうだったんですか……」
と、言った。
「今の所あなたに役職はありませんが、俺のお目付け役なんでしょう? 大切にしますよ」
いじわるそうに言う間藤に水都子は何か言い返してやろうと思ったが、時間が無いことを思い出して言うのを辞めた。
「ゆっくり休んでください、また明日」
かとうじてそれだけ言うと、水都子は下りエスカレーターに飛び乗り、エスカレーターを駆け下りて行った。