三十路令嬢は年下係長に惑う
「ガーーーーーーーっ! 神保ッ! てんめええッ!」

 当の鈴佳の方は、そのままよろけて玄関先につっぷした。うまい事間藤を避けて、鈴佳の方は無傷だった。

 間藤は、背中といわず髪と言わず酸っぱい匂いのする液体に汚染されていた。幸い(?)鈴佳はあまり食べていなかったようで、消化途中のものは少なかったが、酒と酸味の効いた独特の匂いが玄関に立ち込めた。

「と、とりあえず、間藤さん、うちでシャワー、使って行って下さい」

 水都子は、てきぱきと鈴佳を引きずってベッドに寝かせ、念の為バスタオルと洗面器を置き、間藤をバスルームへ案内した。

「遊佐さん、しかし……」

「飲ませちゃったのは私の責任でもありますから、着替え、適当に持ってきます、あと、間藤さんの服、洗濯するので、こっちの籠に入れておいて下さい」

 水都子はしきりに申し訳無さそうにする間藤をバスルームへ押し込めて、鈴佳が大丈夫そうなのを確認し、玄関を片付けにかかった。

 鈴佳は器用に間藤の体だけに吐いたようで、玄関もそれほど汚れてはいなかった。簡単に拭き掃除をするだけで、片付けは終わり、もう一度鈴佳の様子を見に行くと、安心したようにぐっすりと眠っていた。

 着ているものをゆるめて、楽にすると、鈴佳はいっそう安らかな寝息をたてはじめた。

 間藤へ着替えを用意する必要があったが、引っ越しの時以来、時折泊まりにくる弟妹用に新品のスウェットも下着もストックがあった。恐る恐る脱衣所の扉を開けると、間藤と鉢合わせするような事は無く、バスルームの中からシャワーを浴びる音が聞こえており、バスタオルと着替えを用意した事を扉越しに間藤に伝えて、水都子はようやく自分の着替えにかかる事ができた。

 寝室で部屋着に着替えて、冷蔵庫に常備しているジャスミン茶をグラスに注いで一息つくと、思いがけない展開になってしまった事に、水都子は少なからず動揺している事に気づいた。

 鈴佳を泊める事は想定していたが、まさか間藤まで家に上げる事になるとは。

 時計を見ると、既に終電の時間が近い。まさかスウェットで帰すわけにもいかない、という事は洗濯物が乾くまでは間藤には部屋に留まってもらうしかなさそうだ。

 運良く、二人だけでは無い。眠っているとはいえ、鈴佳もいるのだ。これはなりゆき上仕方のない事なのだ、そう、理性的に考えようとするものの、水都子の動揺はおさまらず、ダイニングテーブルから扉の様子をじっと見つめてしまっていた。

 シャワーを浴びて、間藤があそこから現れると思うと、顔が赤くなってしまう。

 ベッドは、すでに鈴佳が眠っている。となると、ソファの方を使ってもらう事になりそうだ、と、ソファーベッドに寝床をととのえておく必要があった。
< 36 / 62 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop