リングサイドブルー
千晃はといえば、心暖のことばかりに気をとられ、定時をすぎるとろくに集中できなかった。周りからしたらたった一時間でも、待つばかりの心暖にとってそれがどれだけ不安かはよく分かる。

「誰かスマホ、鳴ってねえか」
 橋爪がモニターから顔を上げた。

「あ、俺かな」
 千晃は鞄からスマートフォンを取り出した。液晶には母親の番号が表示されている。

「ちょっと外します」
 千晃は席を立って給湯室に入った。ちょうど切れてしまった電話にすぐに折り返しを入れる。

「千晃だけど。何かあった」
 スピーカーの向こうからはざわざわとした人の話し声や何か音楽のようなものが聴こえているだけで、返事はない。

「もしもし? 俺、まだ仕事中なんだけど」
 つい声を荒げると、啜り泣きが聴こえてきた。

「……心暖?」
 千晃が何度訊いても返事はない。ますます嗚咽が激しくなる。どうすることも出来ずに千晃は困り果てていると、母の声がした。
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