箱入り娘に、SPを。
ざわつく車内の中、男性はうろたえた声でなにやら抵抗している。
私はというと、怖くて後ろを振り向けなくて、荷物を抱きしめるだけで精一杯だった。
そんな私の手を、あたたかい大きな手が包み込む。
この手は、知っている。彼しかいない。
「大丈夫。落ち着いて」
声が出せなくて、こくこくとうなずいて見せた。
「次の駅で降りましょうか。僕、警察です。あとでちゃんと手帳も見せるから」
彼のその言葉で、車内はさらにざわついた。
が、当の小太郎さん本人は冷静な様子で、加害者であろう相手の腕を締めている。
絶対に逃すまいというかたい意志を感じる。
観念したような中年男性と、私たちは数分後には駅で降りた。
今日、まさに昼間マキさんと話したではないか。
私の身に何かあったら…なんて。
現実に起こりうるなんて、思いもしなかった。
駅のホームに降り立ったものの、サッと逃げようとする小太りの中年男性を目にも止まらぬ速さで締め上げるように羽交い締めにした小太郎さんは、駆けつけてきた駅員さんに事情を説明していた。
片手で拘束しつつ、片手で警察手帳を駅員さんに見せている。
なかなか痴漢行為を認めようとしない男性に、彼はスマホを見せるように要求し、観念したように差し出されたその中には、乗り込む駅から私に目をつけていたように隠し撮りの写真が何枚か出てきた。
…もちろん、私以外の女性の後ろ姿もいくつも出てきた。
その事実にゾッとするとともに、今までなんとも思ったことのなかった満員電車に危険を感じる。
「…さん、美羽さん。美羽さん!」
何度か呼ばれていたのだろう、私は呆然としていて小太郎さんの呼びかけに反応するのに時間がかかってしまった。
「は、はい」
「大丈夫?…じゃないね」
「だ、だ、大丈夫…」
絞りだした声は、コントロールできないくらい震えてしまっていた。
いったん駅のホームのベンチに座らされた私は、隣に腰かけてきた彼に
「まず、梨花さんに連絡しようか。ジムは今日はお休みしよう」
と促される。
正直、私もこの気持ちのままジムなんてとてもじゃないが無理だとすぐに感じていた。
声もなくうなずくと、スマホで梨花に連絡をする。
電話だと梨花の声を聞いて泣いてしまいそうだったので、震える手で何度も文字を打ち直しながら文章を作る。
時間をかけてやっと送信できた。
駅員さん何人かと小太郎さんが、例の中年男性に事情を聞き取っている。
その様子を眺めながら、無力な自分にうんざりした。
…結局、私はなにができた?
なにもできなかった。
助けを求めて声を上げることも、抵抗することも、逃げることも。なにもできなかった。なにひとつ。
どのくらいそうしていたか、ベンチに座ったまましばらく時間が経ったあと、小太郎さんがこちらへ戻ってきた。
「もうあの人はいなくなったから安心して。肩の力抜こうか」
「肩の力…」
「もうずっとその姿勢だから、ゆっくり深呼吸」
「深呼吸…、はい…」
息を吸って、ゆっくり吐く。
手の震えは、どうしても止まらなかった。
その手を、また彼の手が包んでくれた。
「怖かったね」
ものすごく優しい言い方でもないのに、たった一言なのに、胸が熱くなった。
ヤバい、泣きそう。
顔を荷物で覆うと、頭を撫でられた。
「大丈夫。僕がそばにいるよ」
そんな言葉は、卑怯だ─────。
私はというと、怖くて後ろを振り向けなくて、荷物を抱きしめるだけで精一杯だった。
そんな私の手を、あたたかい大きな手が包み込む。
この手は、知っている。彼しかいない。
「大丈夫。落ち着いて」
声が出せなくて、こくこくとうなずいて見せた。
「次の駅で降りましょうか。僕、警察です。あとでちゃんと手帳も見せるから」
彼のその言葉で、車内はさらにざわついた。
が、当の小太郎さん本人は冷静な様子で、加害者であろう相手の腕を締めている。
絶対に逃すまいというかたい意志を感じる。
観念したような中年男性と、私たちは数分後には駅で降りた。
今日、まさに昼間マキさんと話したではないか。
私の身に何かあったら…なんて。
現実に起こりうるなんて、思いもしなかった。
駅のホームに降り立ったものの、サッと逃げようとする小太りの中年男性を目にも止まらぬ速さで締め上げるように羽交い締めにした小太郎さんは、駆けつけてきた駅員さんに事情を説明していた。
片手で拘束しつつ、片手で警察手帳を駅員さんに見せている。
なかなか痴漢行為を認めようとしない男性に、彼はスマホを見せるように要求し、観念したように差し出されたその中には、乗り込む駅から私に目をつけていたように隠し撮りの写真が何枚か出てきた。
…もちろん、私以外の女性の後ろ姿もいくつも出てきた。
その事実にゾッとするとともに、今までなんとも思ったことのなかった満員電車に危険を感じる。
「…さん、美羽さん。美羽さん!」
何度か呼ばれていたのだろう、私は呆然としていて小太郎さんの呼びかけに反応するのに時間がかかってしまった。
「は、はい」
「大丈夫?…じゃないね」
「だ、だ、大丈夫…」
絞りだした声は、コントロールできないくらい震えてしまっていた。
いったん駅のホームのベンチに座らされた私は、隣に腰かけてきた彼に
「まず、梨花さんに連絡しようか。ジムは今日はお休みしよう」
と促される。
正直、私もこの気持ちのままジムなんてとてもじゃないが無理だとすぐに感じていた。
声もなくうなずくと、スマホで梨花に連絡をする。
電話だと梨花の声を聞いて泣いてしまいそうだったので、震える手で何度も文字を打ち直しながら文章を作る。
時間をかけてやっと送信できた。
駅員さん何人かと小太郎さんが、例の中年男性に事情を聞き取っている。
その様子を眺めながら、無力な自分にうんざりした。
…結局、私はなにができた?
なにもできなかった。
助けを求めて声を上げることも、抵抗することも、逃げることも。なにもできなかった。なにひとつ。
どのくらいそうしていたか、ベンチに座ったまましばらく時間が経ったあと、小太郎さんがこちらへ戻ってきた。
「もうあの人はいなくなったから安心して。肩の力抜こうか」
「肩の力…」
「もうずっとその姿勢だから、ゆっくり深呼吸」
「深呼吸…、はい…」
息を吸って、ゆっくり吐く。
手の震えは、どうしても止まらなかった。
その手を、また彼の手が包んでくれた。
「怖かったね」
ものすごく優しい言い方でもないのに、たった一言なのに、胸が熱くなった。
ヤバい、泣きそう。
顔を荷物で覆うと、頭を撫でられた。
「大丈夫。僕がそばにいるよ」
そんな言葉は、卑怯だ─────。