箱入り娘に、SPを。
「いろいろ、話せなくてごめん。約束も守れなくてごめん。ずっとそばにいられなくてごめん。でも絶対に君のことは守るから、信じて待っててくれないかな」

「いろいろって…?」

「前に僕は簡単に人を信用しないって言ってたけど、それはあくまで仕事で平気で嘘をつく人を見てきたから」

「は、はぁ」

いや、もう抱きしめられてるだけで、頭が全然まわらないのですが。
さらりと一度だけ、髪の毛を撫でられる。

「嘘をつかないひとには、僕もなにも隠してないよ。美羽さんには、なにも、ひとつも」


小さく何度かうなずくだけで精一杯だった。

「こ、こ、これは私はどうしたら…」


しぼり出した声に、小太郎さんが笑うのが分かった。

「せっかくだから美羽さんも僕をぎゅーってしてみてよ、もうないよ、こんなチャンス」

ええっ、と声を上げたら、エレベーターが六階に着いてしまった。


「時間切れ。残念」

小太郎さんは私からパッと身体を離し、すんなりと手も離してエレベーターを開くボタンを押し続けてくれていた。

「もー。美羽さんがもたもたするから〜」

「えっ、あの、小太郎さん?ど、どど、どういうことでそうなって?え?」

エレベーターを降りてからも、なにやらふにゃふにゃした地面を歩いているような感覚で力が入らない。

たぶんいちばん挙動不審なのは私だろう。
自分でも面白いくらいに動揺が一ミリも隠せない。


エレベーターでの出来事を整理できないままだった。部屋の前に着くと、彼はなにやら満足げに腕を組む。

「やっぱり美羽さんは小さいね」

「そ、それは、きっと小太郎さんが…大きいんだと思います」

手も、身体も、全部が私とは違う、男の人の大きさや体温は、これまで知らなかった経験だ。
大きくて、あたたかくて、ちょっとごつごしていて、幼い頃に父に抱きしめてもらった時のそれとは違う、包み込まれる安心感。


「また警護する時はよろしくね」

別れ際の小太郎さんは、これもいつものことなのだがとてもあっさりしている。
エレベーターの諸々の意味は、いまここで説明する気がないことだけは分かる。

じゃあまたね、と手を振る彼に、

「今日もしも眠れなかったら、小太郎さんのせいですよ」

とドアを開けながら言うと、楽しそうに笑った。


「─────それは光栄なことだね」


どう責任をとらせようか、なんて思ってしまった。

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