虚愛コレクション


「私、傘忘れてたんですね」

「そう、忘れてたよ」


おかげで、外に出るハメになった。そんな事でも言いたげなうざったそうな声色。

だけど、わざわざ届けてくる義理など無い筈だ。

私が借りたもので、困るのは私だけなのだから。それに、どうして私がこっちの道を歩いている事を知っていたのか。

前回通りなら、こっちとは無縁の方向だと言うのに。


「私が此方にいるってよく分かりましたね?」

「部屋から見えるんだよ。アンタの姿」


なるほど。そう言う訳か。確かになかなか見通しが良いマンションに彼は住んでいる。

だが、それにしたってどんな視力をしているんだ。私じゃきっと見えない。

彼の部屋から見えたからここに来てくれたと言う事は、つまり


「人通りが少ないからって私の事心配してくれたんですか?」


だって、傘ごときを彼が届けるとは到底思えなかった。

茶化すように言った所で彼は特別な反応を見せる事なく、ひょいっと水溜まりを避けて言った。


「まさか。俺は俺の心配をしてるだけだよ」


< 56 / 288 >

この作品をシェア

pagetop