雨宿り〜大きな傘を君に〜
「なにかあった?」
「え?」
湯気の立つスープから視線を上げる。
「せっかくの料理が冷めちゃうよ。温かいうちにどうぞ」
「はい、いただきます」
テーブルに隙間なく並ぶ料理はどれも美味しそうで。
満員の店内は上質な雰囲気が漂い、快適に過ごせる空間だ。
そして目の前には菱川先生。
いつの間にかストライプのジャケットに着替えて、約束通り私とバレンタインデーを過ごしてくれようとしている。
素敵な条件が揃った夜なのだから、楽しまないと…そう思うのに。
「どうしたの」
「どうしようもしませんよ。とっても美味しいです」
先生の手荷物はバッグひとつで、佐渡先生から渡された紙袋は見当たらない。私に見つからないようバッグの中にしまったのだろか。
「良かった。このグラタンも美味しいよ」
小皿にグラタンを取り分けてもらう。
今この瞬間だけでも佐渡先生のことを忘れたい。もう二度と先生とバレンタインデーを過ごすことはないかもしれないから、悔いの残らないように良い思い出を作りたい。
来年は菱川先生と佐渡先生の2人で過ごすのかな。菱川先生だって有明沙莉さんのことがあったから、絶対に中途半端な付き合いはしない。チョコを受け取ったということはーーそういうことだよね。
「菱川先生。今夜だけは先生の時間を私にください」
菱川先生の恋路を邪魔するつもりは全くない。好きな人の幸せを願うだけだ。
「もちろんだよ」
優しい答えに 、穏やかな気持ちが戻ってきた。