雨宿り〜大きな傘を君に〜
そっと手を放す。
私の先生に対する想いを伝えたところで大人たちは、菱川先生を一方的に非難するだろうから。私は、私のために手を放した。
「誰かに見つかって先生と居られなくなることは嫌です。それに緒方さんと成人するまではお世話になると約束しました」
「それじゃぁ見つかる前に、俺が他の塾に移ろうか。それなら問題ないでしょう」
最初からそうだった。先生は自身の仕事を軽んじていて、私のために辞めると言うのだ。
「私は先生の数学の講義が好きで、だから、」
「俺の好きなところは講義だけ?」
私の言葉は意地悪な問いによって遮られる。
「それに家でもハナちゃんには数学を教えられるよ」
「…そういうこと、言うの、止めてください」
キラキラとしたイルミネーションが見えてきたが、浮かれるはずの心は反対に沈んでいく。
「私のために塾を辞めて、どうするんですか?一生、私の言いなりですか?そうやって私のことを優先して、先生自身を殺すような生き方止めて欲しいです。今日だって、」
駄目だ、掘り返すな。見なかったことにしないと。
「今日だって?」
「なんでもないです…」
今日だって、あなたは私よりも佐渡先生を優先すべきだった。
そう口にしてしまえば素敵な夜が台無しになってしまうから、言えない。