ひと雫おちたなら
睦くんの香りがするベッドに顔をうずめて、いまだに信じられないこの急展開に酔いしれる。
八年前の恋愛と呼べるかどうかも怪しい彼との出来事が、今こうしてつながるなんて、人と人はどこでどうなるか本当に分からないものだな。
容姿は変わった彼が、中身はあまり変わっていなかったのが大きかったけれど。
自分の意志をしっかり持って、でも普段はそれを目の奥にしまい込んでいる。それが、今も変わらなかった。
「……あ」
イヤホンから次の曲が流れて、無意識に反応していた。
「なに、どうしたの」
一本タバコを吸い終えた睦くんが、私の背中に戻ってくる。
また寝返りをうって、あいているイヤホンを彼の耳にねじ込んだ。
「私はやっぱり、この曲が一番好き」
「なんだっけ、曲名…」
眉をしかめて、懸命に曲名を思い出そうとしている彼がおかしい。
へぇ、昔はすらすらと曲名を言えていたのにな。
本当にずーっと聴いていなかった証拠だ。
「曲名は、ジュ・トゥ・ヴ」
「…うん、覚えてる、このメロディ」
「クリスマスに聴いたんだよ、あのピアノリサイタルで。それで、感想を言い合ったのに」
「それは記憶にある。だってキスしたじゃん」
ぎょっとして目を丸くすると、にやりと意地悪そうな笑みを浮かべた睦くんがいて、
「ゆかりさんて、キスするの好きでしょ?」
と当然のように確認された。
「え、べ、べつに普通だと思うけど…」
「キスするとすごい幸せそうな顔するから。違うの?」
完全に無自覚です!!
「それは睦くんがキスうまいからじゃないの?前にした時もやばいなと思ったけど、レベルアップしててどうしようかと思った」
「そりゃあ八年経ってますから」
そんな会話をしている間に、気づけばもう私は睦くんの腕の中でぎゅっと抱きしめられていた。
ああ、キスなんてしてなくても、じゅうぶん幸せ。
「もう一回、キス、する?」
それは、悪魔みたいな彼の愛のささやき。
うなずく前に、想いの詰まったキスをひとつ、おとされた。
「肝心な言葉、聞いてないよ、ゆかりさん」
そうだ、このひとってSっ気あるんだった。
もう観念して、うわごとのようにつぶやいた。
「好き、好きだよ。睦くんも、陸くんの絵も」
おしまい。


