ひと雫おちたなら
「絵は好きなんだね、部屋が、絵にあふれてる」
「落ち着くんだ」
「学生の頃に描いた絵は、もう残してないの?」
「何枚かあるよ。ゆかりさんの、あの絵も」
えっ、なんか、ものすごく恥ずかしい。
若かりし頃の自分。
一人で顔を赤らめていると、睦くんは優しく私の髪を指ですいた。
私の髪の毛も、八年前よりもずっと短くなって、今はボブヘアだ。
むくりと起き上がって、彼はベッドサイドに置かれた電子タバコを手に取り「一服していい?」と私にうかがってきた。
どうぞ、と言うと、箱から一本出して吸い始めた。
彼の横顔を見ていると、八年前とは全然違うことを実感する。
すべてに余裕があり、すべてに思いやりがあり、そしてちゃんと愛がある。それを、隠すこともしない。
ごろんと寝返りをうち、睦くんに背を向ける。
片方外れたイヤホンはそのままで、片耳で音楽を聴き続けていた。
「今の会社は、働いてて楽しい?」
携帯をいじりながら尋ねると、後ろから「うん」と即座に返事が返ってきた。
「食べること、好きだから。試作品とか食べられるし、楽しいよ」
「…え、そこなの、好きなポイント」
「大事なポイントだよ」
人によりけりだけど、やっぱり睦くんってちょっと変わってる。そこがいいんだけど。
そう考えると、居酒屋のバイトをしていた時にブラックボードにおすすめメニューの絵を描いていたのは、単に食べることが好きだったからなのかな。