キミに降る雪を、僕はすべて溶かす
6-2
淳人さんが告げた『汐見』は、一見さんお断り的な高級料亭だった。

門灯に名前が入ってるだけで、格子戸をくぐり抜けても、地元の旧家のお屋敷かと思うくらいお店感がない。深々とした夜の空気が非日常へと誘ってくれ、時間を遡ったような奥ゆかしい感覚にも囚われる。

玄関までの小道は玉砂利と飛び石が敷き詰められ、灯篭の照明や竹垣、枝ぶりが繊細な楓なんかが趣のある風情を醸してた。
広い三和土で出迎えてくれた、女将らしい上品そうな和服女性が、ミチルさんに向かって恭しくお辞儀をした。

「いらせられませ、菅谷様。千倉様がお待ちになっております」

「おいで。りっちゃん」

こういう場所での作法も知らないし、強張った表情になったあたしにミチルさんが優しく笑む。

そう言えば。ミチルさんは女将に名乗ってなかったし、誰の連れだとも。
こんな格式高いお店に、顔だけで憶えられてる贔屓客なんだ、って。初めて知った。

あたしと居ない時のミチルさんを、あたしは何も知らない。
なんだか急に、その心許なさが靄のように躰中に広がってくのを感じた。


コートと靴、手荷物はそこで預け、静静と先導する女将の後に続いて年季を感じる板目の廊下を歩く。
スーツ姿のミチルさんはともかく、ドルマン袖のタートルネックセーターに、バーバリー柄のロングスカートってカジュアルな格好のあたしは、気後れしながらミチルさんに手を引かれた。

「こちらでございます」

同じような襖が続いた中、足を止めた女将が優美な笑みを傾ける。

「お連れ様がお見えになりました」

中に向かってそう声を掛け、正座をして引き分けの襖の片側を引いた。
その向こうに。座椅子に腰を下ろした淳人さんの姿が見えた。
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