やさしくしないで ~なぜか、私。有能な上司に狙われてます~
「4月以降の希望、遅れてすみません」
ずっと前に希望を聞かれていたのだけれど。
体の回復を待ってから正式に回答すると課長との面談で答えていた。
「ああ、そこに置いておいて」
「はい」町田課長はパソコンの画面を見つめたまま、顔を上げずに答えた。
あれ以来ずっとこんな感じだ。
私は、彼がずっと画面を見つめながら、何かを考えている様子を見ていた。
待っているうちに、前のように何か、用か?と尋ねて欲しかった。
課長は、私の期待には応えてくれなかった。だから、仕方なく自分から言い出した。
「課長、少しお話したいんですけど」
彼は、画面から目をそらした。けど、私には視線を合わせてはくれなかった。
「ああ、昼でいいか?一緒に食事しよう」
「わかりました」
それ以上、ここに居る理由が見つからなかった。
何度かランチを食べに訪れた店で待ち合わせをした。
誰かに見つからないように、ここで待ち合わせをする。
「異動願いって。戻りたいのか?」私が何か言う前に課長の方から切り出した。
課長、ここに来る前に私の異動願いをきちんと読んでくれたんだ。
「はい。貴重な体験をさせていただきましたが。やっぱり、これまでの仕事の方が自分にあってるんです」
「それは、何となくわかるよ」
「はい」
「すぐにとは言いませんが。なるべく早くに戻りたいと思ってます」
「そうか。分かった」
課長から引き出せた言葉は、これだけだった。
これなら、以前の方が部下と上司の間柄の方が、もっと話をしていた。
沈黙のまま食事を終えた。
「ありがとうございました」私は頭を下げた。
もう、耐えられない。食後の飲み物を断ってここを出ようと思った。
「何のことだ?どうしてお礼を言う?」
「課長のところに来てから、全部のことに対してです」
「大袈裟な。俺は何もしてない」
「いいんです。一言お礼が言いたかっただけですから」
「八王子だぞ。ここから随分遠いぞ。いいのか?」
「はい」