打って、守って、恋して。

『注目の一球目を、栗原が投げます』

栗原さんがクイックモーションから旭くんへボールを投げた。
パァン!という鋭い音と共にキャッチャーのミットへボールがおさまる。

旭くんのバットはキレのいいスィングで空振りした。


『…………なんと!出ました、156キロ!』

やや興奮したように実況アナウンサーが叫んだ。

電光掲示板にも、『156km/h』としっかり表示されている。

『いやぁ、なんてことでしょう。すごい速度のストレートが繰り出されましたね』

『これはバッターが藤澤だからでしょうかね?』


軽快な会話を聞いているようでいて、私の耳にはあまり入ってこなかった。
栗原さんの投げたストレートのその速度こそが、「俺は本気だ」と言っているようでゾクッとした。

カメラが旭くんを大映しにしたところで、私は驚いて目を見開いた。

『藤澤の表情ですが、……珍しいですね。笑っています』

彼はあまり感情は表に出さないんですけどね、とつけ加えた実況の言う通り、彼がこんな場面で笑うのなんて見たことがなかった。


でもたしかに、旭くんは笑っていた。
156キロを投げた栗原さんの方を見て、楽しくてたまらないというような、ワクワクしたような微笑み。
一方の栗原さんも、ふっと口元に笑みが浮かんだ。

なんというか、この二人らしい。
真剣だけど、楽しんでいる。

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