死にたい君に夏の春を
ゴッ、ボコッ、バシッ
暗くて狭い部屋に、ただただ鈍い音が響く。
「あー、腕が折れる前にバットが折れちまったよ」
木材の残骸を床に投げ、父親は椅子に座った。
テーブルの上のゴミを、ゴソゴソと手探りで物を探す。
手に取ったのは、先の細い小さな注射。
残り5ミリ分の中身を腕に刺して、注入する。
一瞬、意識が飛んだような表情した。
快楽に溺れるのも束の間、その注射の中身を見て彼は机に突っ伏す。
「くそ、足りねぇ……」
爪をかじり、足を揺する。
その様子を見ても、少女は何も反応を示さない。
いつものように、下を向くだけ。
「金がねぇんだ。またいつもみたいに盗ってきてくれよ」
何も、言わない。
「おい聞けよ!」
怒号を浴びせると、少女はビクッと身体を震わせ、怯えた目で父親を見る。
「あの時、首痛かったろ?ほんとは本気じゃなかったんだよ。ちょっとイライラしただけでさ。だからまた、親子で仲良くしようぜ。盗るのはお前の方が上手いんだからさ」
そっと、少女の顔を触る。
彼女は涙をこらえながら、幽々たる男の瞳の奥を見る。
「やっぱ、あいつに似てるよ」
ああ、いつもならなんとも思わないのに。
何故かすごく胸のあたりが悲しくて、寂しくて、痛い。
会いたい。
高階くん、助けて。
その瞬間、男の後ろから大きな音がした。
玄関の扉が開き、同時に電灯の光が薄暗い部屋を映し出す。
「返せよ、栞を」
鉄パイプを持った、勇ましい高階の姿だった。