死にたい君に夏の春を
「な、なに?」


「本当にやるとは思わなかった」


彼女は笑う。


「……やれって言ったのはそっちじゃん」


「もっと意気地無しかと」


「なんだそれ……」


目を細めて、無邪気な子供のように笑う。


不器用で、ぎこちなくて、慣れてない笑顔だけど。


それでも、心の底から笑っていた。


溢れ出てくる笑い声。


それに釣られて、僕も自然と口角が上がる。


盗む前、内心ヒヤヒヤしていた。


盗みを働くことで、僕の中の何か大切なものが失われるんじゃないかって。


けれど、本気で楽しいって思えた。


今まで自分で行動することなんて無かったのに、初めて勇気を出したから。


そして九条は言う。


「帰ろっか」


今度は二人並んで。


帰り道、僕らは盗んだ時のことについてお互い話した。


あとで見たのだが、僕らが盗んだ財布の中身は、合わせて2万円ほどしか入っていなかった。
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