死にたい君に夏の春を


3時間ほど九条に数学、というか、算数を教えることになった。


薄暗い部屋の中、二人きりで。


机を挟んで座ると、彼女との距離が近くなる。


彼女が下を向くと、長いまつ毛と薄くて紅い唇がよく目立った。


静かに問題を解いている時だと、お互いの呼吸の音もよく聞こえる。


慣れない距離に困惑して、少し息が苦しい。


途中、僕は暑くて電池式の扇風機を『強』にした。


教えながらわかったことだが、意外と九条の地頭はいい方らしい。


正直、物覚えの良さに驚いた。


この短時間で小学3年生のドリルは既に終わっていて、4年生と5年生の範囲まで進んでしまった。


だがセンスはあるのに、本当に教養が小学3年生で止まっていたのだ。


今までの子供時代、彼女は一体何をしていたのだろう。


そんな幼い頃から、父親の束縛を受けていたのか。


こっちが辛い気持ちになってしまって、もう考えたくもない。


彼女は言う。


「ありがとう高階くん。教え方上手いね」


晴れやかな表情。


ありがとう、なんて言葉、いつぶりに聞いただろうか。


褒められたことに、思わず喜悦を感じる。
< 56 / 180 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop