死にたい君に夏の春を
3時間ほど九条に数学、というか、算数を教えることになった。
薄暗い部屋の中、二人きりで。
机を挟んで座ると、彼女との距離が近くなる。
彼女が下を向くと、長いまつ毛と薄くて紅い唇がよく目立った。
静かに問題を解いている時だと、お互いの呼吸の音もよく聞こえる。
慣れない距離に困惑して、少し息が苦しい。
途中、僕は暑くて電池式の扇風機を『強』にした。
教えながらわかったことだが、意外と九条の地頭はいい方らしい。
正直、物覚えの良さに驚いた。
この短時間で小学3年生のドリルは既に終わっていて、4年生と5年生の範囲まで進んでしまった。
だがセンスはあるのに、本当に教養が小学3年生で止まっていたのだ。
今までの子供時代、彼女は一体何をしていたのだろう。
そんな幼い頃から、父親の束縛を受けていたのか。
こっちが辛い気持ちになってしまって、もう考えたくもない。
彼女は言う。
「ありがとう高階くん。教え方上手いね」
晴れやかな表情。
ありがとう、なんて言葉、いつぶりに聞いただろうか。
褒められたことに、思わず喜悦を感じる。