死にたい君に夏の春を
「……楽しかったね」


九条はコンクリートのブロック塀に寄りかかって、そう言った。


「休み明けは大変なことになりそうだけどな」


落書きが発見されて、怒り狂う樹の顔が目に浮かぶ。


後悔はしていない。


むしろ行ってよかった。


なんの目的もなくただ思いつきで学校に侵入したが、あんなに楽しいとは思わなかったのである。


距離感が近くなって、九条の意外な一面が見れたことも少し嬉しい。


「なんか、青春って感じがした」


彼女はそう言う。


「うん。まだドキドキしてる」


「度胸試しで学校に忍び込んだり、落書きしたりすることが、青春って言うのかな」


僕は少し考えてから、こう言った。


「わからない。けど……楽しいって思う気持ちそのものが、青春なんじゃないかな」


果てのない冒険心と好奇心、新しいことを知る喜び、そして人への関心。


何事にも興味を示さなかった僕が、初めて感じるこの高揚感。


本当に些細だけど、幸せの時間だった。


『青春とは人生のある期間を言うのではなく、心のあり方である』だなんて、誰かが言っていた。


その意味が、今になってわかった気がする。
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