死にたい君に夏の春を
だが小学1年生の入学式の前日、あの人が1度だけ家に来てくれたことを思い出す。


連絡もせずいきなり来た母は『入学おめでとう』なんてありきたりな言葉を言って、黒いランドセルをくれた。


ランドセルなんて、もう何ヶ月も前に買ってあるのに。


その時は、自分なりの精一杯な気遣いで笑って見せた。


そんな母の不器用なところが、子供の頃の僕は好きだったのだ。


けれど、あの人の葬式の日、僕は母方の祖父から事実を聞かされた。


『お母さんは自由に生きすぎたんだ。お前のお父さんのせいでな』


母親は他の人と寝てたとか、そのせいで病気にかかったとか、そんなことを聞かされてもまだあの時はよく分からなかった。


祖父とはあの日まで1度も会ったことがなかったから、信じることもなかった。


何故初めて会ったのか、子供ながらなんとなく勘づいていた気がする。


父が頑なに母方の親に会わせなかったのは、何かしらの理由で仲が悪かったからだ。


葬式に、父の姿はなかった。


その日から、父と母への信頼は薄れていった。


母のように自由に生きすぎると、きっと無惨な死に方になるに違いない。


そんなことになるくらいなら、人への関心も、興味も、全て捨ててしまった方がましだ。


そう信じて、今まで生きてきた。
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