大江戸シンデレラ
刀根の夫である千葉 平兵衛は隠居する前、江戸の市中で悪さをする輩に目を光らせて直に取り締まる「定廻り同心」を長らく務めた。
そのあとは、北町奉行所に属する総勢百名にもなる同心たちを束ねる「臨時廻り同心」の任に就いたが、今はきれいさっぱり退いて跡目を嫡子に譲り、悠々自適の暮らしをしていた。
よって、付き従う身である妻の刀根もまた凪いだ日々を送っていた。
「お待たせした。千葉 平兵衛が妻、刀根にてごさりまする」
出入り口の辺りで控えていたおさとが、ひれ伏したまま、持参した手土産をすーっと差し出す。
刀根が、我がの女中を見遣った。
すると、その女中がすかさず歩み出て、恭しくそれを受け取る。
黒と見紛う千歳茶の着物を纏う刀根は、歳の頃すでに六十の半ばであろうかと思われた。
されども、ぴんと伸ばした背筋に張りのある声で、美鶴には舌を噛みそうな口上を、いっさい淀むことなく、すらりと告げる。
「此度は当家に過分な御土産を賜り、誠にありがたきことにてござりまする。
されども、今後はどうか御心遣いのなきよう、そなたから島村様の奥方によしなにお伝え願い奉りまする」