大江戸シンデレラ

『き、決められた相手とは、いったい……』

兵馬にとっては初めて聞く話であった。

妹の和佐は、先輩の与力の家へとすでに嫁入り、今は初めての子を(はら)に宿している。

また、奉行所の朋輩たちの中でも、そろそろ幼き頃から許嫁(いいなずけ)であった者たちが祝言を挙げるようになってきていた。

だが、兵馬にはまったくと云っていいほど、さような話を両親と交わしたことはなかった。


『今はまだ云えぬ。時期を待て』

多聞はきっぱりと云い切った。

『この縁組には、(うわ)(かた)の御意向が絡んでおるゆえ、我らのごとき町方役人にはどうすることもできぬ』

『父上、「上つ方」とは……南町の御奉行にてござるか』

『いや、違う。話は確かに御奉行より承ってござるが、縁組はさらに「上」からのものだ』

多聞はこのくらいであらば、兵馬に教えても差し支えなかろうと思った。

『おまえが妻女に迎える者は、この組屋敷の界隈に住む娘でないどころか、旗本の娘でも御家人の娘でもあらぬ』

兵馬の目が、かっ、と見開かれる。

『……さる藩の江戸屋敷で生まれ育ったと云う「藩士の娘」だ』


町方役人の御役目を賜る松波家では、考えられない縁組であった。

何故(なぜ)なら、先祖代々同じ町方役人、しかも「与力」の家の者とだけ縁組を(おこな)ってきたからだ。

母の志鶴がその昔、当時はまだ犬猿の仲であった北町奉行所からこの南町奉行所に嫁いできたのだが、それでも滅多になき試みであったがゆえ、南北の奉行所が上を下への大騒ぎになったと云う。

志鶴は北町奉行所とは云え、同じ「町与力」の家の出であったにもかかわらずだ。


『父上、それは……「御前様」の御意向でござるか』

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