大江戸シンデレラ

多聞は、しくじった、と思った。

どうやら、兵馬に話し過ぎたようだ。


「御前様」とは——安芸国広島新田(しんでん)藩の三代藩主・浅野 近江守のことである。

実は、多聞は先代の二代藩主・浅野 兵部少輔(ひょうぶしょうゆう)とは、元服前の若衆髷の頃から同じ剣術(やっとう)道場でしのぎを削った、身分を超えた仲であった。

兵部少輔の従弟(いとこ)で、やはり同じ剣術道場に出入りしていた近江守とも、何度も手合わせをしたことがある。

さような多聞の「嫡男」だからこそ、此度(こたび)の話が舞い込んできたのだ。

すでに南町奉行にも筋を通して「御沙汰」は下りていた。

奇遇にも公方(くぼう)様の御子の忌引があり、組屋敷の界隈の者には伏せて祝言を(おこな)えることもあり、余計な詮索はなるべく受けずに済む手筈(てはず)となっている。


それでなくとも、武家の婚姻は御家(おいえ)のための縁組だ。

ましてや、此度(こたび)は「御前様」からも南町の御奉行からも外堀はすっかり埋め尽くされ、とっくの昔に兵馬一人の恋情だけで覆せるほど、甘い縁組ではなくなっていた。

< 307 / 460 >

この作品をシェア

pagetop