大江戸シンデレラ

また、多聞の「親友」兵部少輔は、残念ながら流行病(はやりやまい)により、まだ三十代の若さでこの世を去っていた。

待ちに待った嫡男であるが、ついに一目見ることすら叶わず、没後まるで入れ替わるかのごとく誕生した粂之介(くめのすけ)は、今ではすくすくと成長し、先般無事に元服を迎えた。

近江守(三代)は、今際(いまわ)のきわの兵部少輔(二代)と交わした、()の粂之介を次代の四代藩主に据える約束を、決して忘れてはおらぬ。

然るべき時期が来た暁には、預かっていた家督を潔く明け渡す心算(こころづもり)であることは揺るぎない。

かような近江守の武士としての「忠義」を、兵馬は多聞からとくと聞かされて育っていた。

さすれば近江守は、兵馬にとっては武士としておのれが生きる「手本」であり「(かがみ)」のごときお方であった。

そのお方が……お望みになった縁談である。


次第に、兵馬の顔に「諦念」の色が(あらわ)れてきた。

我が身の問いに無言のまま応じない父の姿を見て、抗えぬ「権力(ちから)」が何処(どこ)からであるのかを悟ったようだ。

ゆえに多聞は、此処(ここ)まで兵馬に告げたのが、却って最善の道であったと思い直すこととなった。

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