剣に願いを、掌に口づけを―最高位の上官による揺るぎない恋着―
「アスモデウスが美を司るという話は見つけました。一方で青年に化ける、現れたら雨が降るといった類の話は探した限りではありません」

 アスモデウスは蛇になるという話もあるが、これは悪魔や魔神が人を誘惑する際に変わる姿としては一般的なので、曖昧だ。

 クラウスは自嘲的な笑みを浮かべる。

「伝承などいい加減さ。そこに誰かの意志が加わり、あたかも真実のように語られる。それを多くの人々が信じ、また語り継がれていく。この国に伝わる伝承でさえ……」

「どうされました?」

 クラウスが不意に言葉を止めたので、セシリアは思わず尋ねた。洋灯の明かりに照らされた彼の顔は感情が読めず、代わりに端正さを際立たせている。

 クラウスはなんとも言えない面持ちで軽く頭を振った。

「いや。とにかく噂も伝承も自然に生まれたものもあれば、誰かがなにかの意図で広めた場合もあるってことだ」

「意図、ですか」

 おうむ返しをするセシリアにクラウスは不敵に笑った。

「そう。例えば……不都合な真実を隠すために、とかな。伝承のせいにすれば、理由は必要ない。楽なものさ。ただ、火のない所に煙は立たぬとも言うが」

 その発言でセシリアは先ほどから気になっていた件をようやく口にした。

「ところで、陛下がお持ちの洋灯の炎は、なにか加工されているのですか?」

 セシリアの問いにクラウスは置いてある洋灯に視線を移した。洋灯の中の炎は、よく見ると一般的な炎より黄色がかったものだった。
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