敏腕室長の恋愛遍歴~私と結婚しませんか~
「……室長のせいですよ。私、あんまり泣かないのに室長が急に優しくするからです」
「それは申し訳ない……」
「ふふ、冗談です。褒めていただいて本当に嬉しいです。来週、皆に室長に泣かされたって報告しますね」
「……それはまたあらぬ誤解を生みそうですが」
少し口元を緩ませ、目を伏せてそう話す室長。
その表情が少しだけ笑顔寄りに感じられるのはこうしてゆっくり話して、室長のことをちょっぴり知れたからなんだろうか。
「それでは泣かせてしまったお詫びに、残りの翻訳は私が引き受けましょう。同期の皆さんが神田さんを待っていますよ」
「えっ……、でも……」
「いいんですよ。私も褒めていただいたので気分がいいのです。こうして業務外で話すことも大切だなと改めて感じましたしね」
そう言って室長は私の手からスピーチの原稿を取り上げ、ご自分の執務室へと向かう。
これまでならお願いしようなんておこがましくて思わなかっただろうけど。
今はお言葉に甘えてもいいのかな、と思い始めて。
「室長、ありがとうございます!お先に失礼します!」
感謝の気持ちを込めてそう言って、勢い良く頭を下げる。
そしてゆっくりと顔を上げるとーーーー。
「楽しんできてくださいね」
目を細め、にこやかに柔らかく微笑む室長。
無表情とはほど遠い、優しさしか感じない不意打ちの笑顔にドキッとしない訳はなく。
「っ!は、はい……し、失礼します……!」
イケメンから優しい笑顔を向けられることに免疫のない私は、慌ただしく秘書室を後にして、駆け込むようにエレベーターに乗り込む。
「……もう何あれ……。心臓に悪いわ……」
目を閉じても脳裏に浮かぶ、鉄仮面と呼ばれる室長の優しい笑顔。
見られるとは思っていなかった室長の笑顔に翻弄されながら、私はドキドキと乱れきった息を整え続けた。