敏腕室長の恋愛遍歴~私と結婚しませんか~
「薫、あとはお前だよ」
部屋から出ていく時、室長の方に振り返った社長は静かだけれど、どこか威圧感を感じさせる声音でそう言って社長室を後にした。
社長のいない社長室に残された私と室長。
お互い何も話さず黙ったまま淡々と時間が過ぎていく。
私の方は聞きたいことは色々あるけど、薄々、私が望むような言葉は室長からは聞けないだろうと気付いていた。
たぶん、この話が来たとき、室長は私のことを『欲しい』と思わなかったのだ。
お見合い話を蹴ってでも、私のことは譲れない、そんな風には思ってくれなかったということなんだ。
「……よかったな。慎太郎くんはいい男だし、あの家は信じられないぐらいいい人ばかりだ」
突然そう切り出して静寂を破った室長は、やっとこちらを見たけれど、そこにあるのは感情のこもらない目をした上司としての姿だけ。
「……よかったな、って……止めようとはしないんですね」
「止める必要はないだろう? これ以上の玉の輿はないんだから」
「でも! もう探さなくてもいいって……」
「この話は探したんじゃなく向こうから舞い込んできたんだから別だろ」
「っ……」
あの夜の、一晩中愛してくれた室長はどこに行ったんだろう。
今目の前にいる人は本当に同じ人なんだろうか。