敏腕室長の恋愛遍歴~私と結婚しませんか~
それに熱があるかどうか、手をおでこに当てて調べるだなんて子供の頃にはよくされた記憶がある。
室長の言ってるのは大人になってからこんなことされたことない、という意味なんだろうか。
「あの、初めてって、子供の時なんかは……」
「……ウチは特殊だから。俺に熱があるかなんて心配する人間がいなかった」
そう言って自嘲気味に笑う室長。
お家が複雑というのは社長と兄弟という時点で察してはいたけれど、子供に熱があっても心配されないなんて私には想像がつかなくて。
それになんだかいつもの室長とは違い、どこか寂しげに見えるのはこんな話を聞いてしまったせいだろうか。
うちは母親が看護師だから病気にはうるさく、少しでも熱がありそうな時は心配しすぎというぐらいだったから。
「……悪い。こんなこと言われても困るよな。君がそんな顔することない。……で、俺は熱ありそうか?」
「あ……、はい、少し熱いかもしれないです」
「そうか。まあ確かに少しだるいかもしれないな。咳もだんだんひどくなってるし」
その時ちょうど社食のあるフロアに着き、室長はいつもの室長らしい顔に戻って颯爽とエレベーターを降りる。
私もその背中を追うように降りるけれど、少しだけ室長の心の傷に触れたような気がして、胸が痛かった。