触れられないけど、いいですか?
不意に翔さんが立ち止まり、私の方を振り返りながらそう話す。

彼の背後で風に揺れる桜の花びらも、彼の整った顔立ちも、とても綺麗だ。


「僕の祖父が決めた結婚だったそうなんですが、母は最初、勝手に決められた政略結婚なんて絶対に嫌だと思っていたそうです」

「そう、なんですか? 翔さんのお父様もお母様も、先程は凄く仲が良さそうに見えましたけれど」

「僕が言うのもなんですが、父はとても優しく、思いやりのある人間です。きっかけは政略結婚でしたが、後に母はそんな父に惹かれ、今ではとても仲良しなんですよ」

「そうでしたか。凄く素敵だと思います」

「だから、僕達もそうなりたいと思っています」

「え?」


翔さんの表情が、一瞬凄く真剣な眼差しに見えた気がした。


それは気のせいだったのか、すぐに柔らかな笑顔の翔さんに戻ったけれど、



「僕はさくらさんとの将来を真剣に考えています。僕達の結婚も、親同士が決めた政略的な要素があることは正直否定しませんが、僕はさくらさんに本当に好きになってもらえる様に努力します。将来、齢を重ねても手を繋いで一緒に散歩が出来る様な、そんな関係になりたいと思っています」


翔さんの声も、話し方も、どこまでも優しく、彼の温かさに包み込まれている様な気持ちになる。

まるで、彼の方は私のことが既に好きみたいな言い方……。
この結婚を円満に進めていく為の社交辞令だと理解していても、思わず胸が高鳴ってしまいそうになる。


こんなに素敵な男性にこんなことを言われたら、普通の女性なら誰でもときめいてしまうだろう。


私も、流されてしまえばいい。

流されて、そうですねって答えればいい。きっとそれで全て上手くいくんだから。


なのに……


過去の〝ある出来事〟が、急にフラッシュバックしてきて、声が出ない。
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