触れられないけど、いいですか?
翔君は、景色を見つめながら何故か難しい顔をして、何も言わない。


そしてしばらくしてから、視線は窓の外に向けたままゆっくりと口を開く。


「……さくらにこんなこと言ったらいけないって思ってるんだけど、俺は、優香のことは恨めないんだよな」


そう話す彼の瞳は、どこを見ているのかよく分からない。
ただ、酷く切なげな色を帯びていることだけははっきりとしていた。


「勿論、さくらは優香のこと恨んでも憎んでもいい。それが当然だとも思ってる。
俺も、最初は恨もうとした。自分勝手な理由で、さくらと俺の結婚を滅茶苦茶にしようとしたあいつのことを。
だけど……


俺のこと、ずっと好きだったって言われて。
優香にそう言われたのはもう何度目かではあったけど……泣きながら言われた今回は、今までで一番心に響いて」

「うん」

すると翔君は、突然ハッとして私に顔を向けて。


「心に響いたっていうのは、俺の心が揺らいだって訳じゃないからね⁉︎」


彼らしくなく焦った様子でそんなことを言ってくる彼に、一瞬ぽかんとしてしまったけれど、


「あっ、うん。それは分かってる」


思わず、少し頬が緩んだ。


私が笑ってしまったせいか、彼は何だか恥ずかしそうな表情。


「あー、つまり……俺が言いたいのは……。いや、ごめん。もっとスマートに言おうと思って色々考えてたんだけど」


……いつも落ち着いている彼が、珍しく困っている。
それはきっと、私を傷付けない為にそれだけ慎重になってくれているから。
それが分かるから、嬉しい。


「……私も、そうだった」

「え?」

「霜月さんのこと、恨むことは出来なかった。好きって言ってもらえたことは、とても嬉しかったから」
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