触れられないけど、いいですか?
「まぁね。部署が違うから普段のかかわりはほとんどないけど、朝宮さん、美人で有名だし」

あからさまなお世辞だと思ったので、〝美人〟の部分はスルーして「そうですか」とだけ答えた。


「そう言えば、名前言ってなくてごめん。俺、霜月 優斗(しもつき ゆうと)。朝宮さんより一年センパイ。よろしく」

「朝宮 さくらです。こちらこそよろしくお願いします」


……やっぱり。とても不思議なことなのだけれど、霜月さんとは普通に話せる。
いや、話すだけなら他の男性とも可能なのだけれど、彼とはただ話すだけではなく、私がいつも男性に対して感じる〝触れないように気を付けないと〟という警戒心などが生まれない。
恐らく、顔が女の子に似ているからだろうけれど、私にも普通に接することが出来る男性がいるんだなあと考えたら、この先の男性恐怖症克服に光が見えてきた気がして嬉しくなった。



その後、霜月さんとたわいない話を数分交わし、二人一緒にオフィスを後にした。


「そう言えば、朝宮さんってどうやって通勤してんの? 電車じゃないんでしょ?」

「はい。家が近いので歩いて通っています」

「そうなんだ。じゃあ俺、送っていくよ」

霜月さんはそう言ってくれたけれど、いくら警戒心を抱かない相手とはいえ、出会ったばかりの男性に家まで送ってもらう訳にはいかないと思った。
……と言うより、単純に翔さん以外の男性とオフィス以外で深くかかわる気はなかった。


だから「いえ、大丈夫です」と彼のお誘いをお断りしようとしたその時。


「さくらさん」

名前を呼ばれ、その声がした方に振り返ると、そこにはスーツ姿で会社帰りらしき姿の翔さんが立っていた。
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