触れられないけど、いいですか?
「キ、ス?」

突然降りかかってきたその言葉に驚き、俯いていた顔を、壊れたおもちゃのようにゆっくりとぎこちなく上げる。
彼と目を合わせると、さっきまでの冷たい表情ではなくなっていて、控え目だけれど優しく笑みを浮かべてくれていたので、それに関しては少し安心する。


「そう、キス。男性恐怖症を治すには、ちょっとした荒療治も必要かもしれないし」


荒療治……。確かに、全く一理ないという訳ではないけれど……私にとっては荒過ぎる! ショック療法の度が過ぎて、心臓が止まってしまうかもしれない!


ていうか翔さん、さっきからいつもの丁寧な言葉遣いでもなくなっている。
一方的に、そして急激に距離を縮められているような気がして、ドキドキする。嫌だからという訳ではなく……寧ろ、逆の意味で……。

でも、それとキスとは、私にとっては別件だ。

「無、無理です! 男性と身体がちょっとぶつかるのも怖いのに、キスされるなんて……!」

吐息が肌に掛かりそうな位のこの近距離に色んな意味でドキドキしながらも、私は〝キスされるのは無理〟という自分の意見を必死に彼に伝える。
……でも。


「大丈夫。俺からはしないから」

予想していなかったその言葉に、思わず「え?」という間抜けな声が漏れる。

だって、俺からはしないってことは……


「さくらから、してきて」

や……

やっぱりそういうこと⁉︎

さり気なく名前を呼び捨てにされたことは今はどうでも良くて、〝キスして〟というとんでもない言葉に、驚きと戸惑いを隠せない。
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