触れられないけど、いいですか?
「こんにちは、祥久(よしひさ)さん。ご無沙汰しております」

慣れた様子で、翔君がオーナーへ挨拶する。

オーナーを下の名前で呼ぶなんて、本当に親しい関係なんだろうなあ……。


「やあ、翔君。この度は結婚おめでとう。奥様も初めまして。わたくし、このホテルのオーナーであります笹川(ささかわ) 祥久と申します」

私の方に向き直り、そう挨拶してくれるオーナー。

姿も口調も紳士的なオーナーを目の前にし、私の背筋も思わずしゃんと伸びる。


「は、初めまして! 朝宮 さくらと申します!」

「うん。噂通りの美人な奥様だね、翔君」

さらりと褒め言葉をいただいて、思わず全身がかたまってしまったけれど……翔君はなんてことない様子で「そうでしょう?」なんて言って、笑って返事する。


「今日は、翔君ともさくらさんともゆっくり話したかったんだが……すまない、実は急な会議が入ってしまって、もうここを出ないといけないんだ」

オーナーはそう言って腕時計をちらりと見た後、申し訳なさそうな顔を私と翔君に向ける。

「そうでしたか。では、また今度三人でゆっくりと食事しましょう」

翔君が笑顔でそう答えると、オーナーも「ああ。是非」とにこやかに返す。


しかし、オーナーの去り際に翔君が「あ、祥久さん」と彼を呼び止める。

そして。


「今日、優香(ゆうか)は来ていますか? もし来ているなら、優香にもさくらを紹介したいなと思っていて」

と質問したのだった。


……優香って、誰?
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