触れられないけど、いいですか?
「初回打ち合わせ、無事に終わって良かったね」
ホテルを後にしてから、翔君が両腕を軽く上に伸ばしながらそう言った。
うん……と答えるけれど、私の心には引っ掛かりが残ったまま。
〝優香さん〟がオーナーとも知り合いなら、きっと家族ぐるみで仲良くしている人なのだろう。
……そりゃあ、翔君にだって女性の知り合いがいるのは当たり前だ。
あんなに素敵で、非の打ち所がない男性だから、今まで恋人だっていただろう。
そんなことは分かっている。分かっているのだけれど。
私以外の女性が、翔君とお付き合いしていたことがあるって考えただけで、胸がズキッと痛んで、苦しい。
今まで翔君が付き合ってきた女性は、どんな人なのだろう?
私、翔君のことまだまだ何も知らない……。
そんなことを考えていた、その時だった。
「あれー? さくちゃんだ」
聞き覚えのある声に名前を呼ばれ、バッと後ろを振り向くと、そこにいたのは。
「し、霜月さん⁉︎」
ラフな私服姿の霜月さんが、右手を振りながら笑顔でこちらはやって来る。
「いやー、休日なのに偶然だね。彼氏とデート?」
「えと、まあ……?」
偶然……じゃないよね?
だって私、今日ここに来ることも、時間も、霜月さんに話してあったし。
だとしたら、何で霜月さんがこんな所に?
戸惑う私をよそに、霜月さんは翔くんに向き合う。
「こんちは。先日はどーも」
笑顔でそう挨拶する霜月さんに対し、翔君も「こんにちは」とにこやかに返す。
……二人とも笑顔なのに、私たちを取り巻く空気感が一気にピリついたのが分かった。