触れられないけど、いいですか?
彼が、ぴたっと足を止める。

背を向けられたままなので彼の顔は見えないけれど、私から触れたりしたから、驚いているかもしれない。


……でも、私自身の方がきっとそれ以上に驚いている。

何年間も、男性に触れられるのが怖いと感じながら生きてきた。
そんな私が、自ら男性の腕を掴むなんて。


……だけど、今は。男性に触れるということよりも、翔君が離れていってしまいそうなことの方が怖かった。


翔君の顔が、ゆっくりと私に振り向く。

その顔は驚きに満ちて……


はいなくて。



「自分から触ることが出来たね」

……口元は緩く釣り上がっていて、企んでいたことが上手くいった時のような含み笑いをしている。

……これって、もしかして。


「騙したの⁉︎」

驚きながらそう問うと、彼は面白そうにアハハと笑う。


「でも、騙しただなんてそれは人聞きが悪いな。少し荒療治だったかもしれないけど、自分から触れられるようになれば男性恐怖症の克服にかなり近付くと思ったんだよ」


……確かに、一理はあるかもしれないけれど!
でもまさか、そんな作戦に出てくるとは思わなかったし!


「じゃあ、怒ってる訳じゃないの……?」

恐る恐る尋ねると、彼は優しく口角を上げて、


「勿論。驚かせてごめんね」


そう答えるから、心底安心した……。
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