触れられないけど、いいですか?
ーーそんなの関係ない。
きっかけは確かに政略結婚だし、知り合ったのとつい最近だけれど、今はお互いにちゃんと好き同士なんだから。


そう強く主張したかったけれど……



「そんなこと……っ」



言葉に詰まってしまった。


翔君の気持ちを疑っている訳じゃない。

だけど、



何で私のことを好きって言ってくれるのか、


その理由をまだ聞けていないからーー



はっきりと言い返すことが出来なかった。




その時だった。



ドン、と。後ろから誰かにぶつかられた。



「おっと、ごめんよ」


私にそう謝ってきたのは、三十代位の男性で。

男性にぶつかられた。その事実に気付いた瞬間、全身を寒気と恐怖が駆け巡る。

「ひっ……!」

小さな悲鳴を上げ、私はその場に震えながらうずくまってしまった。

翔君と少しずつ、男性恐怖症を治す為のリハビリを今までしてきた筈だったけれど、翔君以外の男性に不意に身体をぶつけられ、恐怖の方が勝ってしまった。


「ど、どうした? 怪我でもしたのかい?」

私にぶつかってきた男性が、うずくまる私に近付いてくる。

心配してくれているのは分かるのだけれど、私に向かって伸ばされる男性の手に気が付いて、更に身の毛がよだつ。


お願い、私に触れないで。

誰か、誰か助けてーー!


恐怖心に震えながらギュッと目を瞑っていると。


「この子、今朝から体調が悪かったみたいなんです。私が介抱するので、大丈夫ですよ」


と、間に入ってくれたのは優香さんだった。


男性は「そうかい?」と答え、その場から去っていく。


正直、とても助かった。あの男性にあのまま触れられていたらどうなっていたか、自分でも分からなくて怖かった。

先程まで私に敵意を剥き出しにしていた優香さんだけど、本当は優しい人なのかなと思った……しかし。


「あなた、男性が怖いんだ?」


私にそう尋ねる優香さんは、とても楽しそうな顔をしていた。
私の弱味を手に入れて、面白くて仕方ないといった表情。
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