俺様御曹司は期間限定妻を甘やかす~お前は誰にも譲らない~
たった一枚の薄い紙を取り出す指はひどく冷たい。

カサ、と乾いた音が静かな室内に響く。

これに記入すればすべてが終わる。


ごめんね、赤ちゃん。

パパにあなたの存在を、今は伝えられそうにない。

でもママがその分あなたを愛するから、どれだけパパが素敵な人かを話すから、どうか身勝手なママを許してほしい。


ギュッと目をつむる。

記入済みの署名欄がつらい。


采斗さんはどんな想いでこれを書いて、ここに置いていたんだろう。

いつ、持ち出すつもりだったんだろう。


ずっと不安で怖かった。

どんなに優しくされても、甘い言葉や態度を示してくれても、いつか失うんじゃないかとビクビクしていた。


恋は幸せなだけじゃないと誰かが言っていた。

つらくて悲しいものでもあると。

そんな想いは知りたくなかった。


ダイニングテーブルの上でカタカタ震える指を必死に動かして、名前を記入する。

ただそれだけの行為にとても長い時間を費やしてしまう。


その時、椅子の上に置いていたバッグの中のスマートフォンが着信を告げ、ビクリと肩が揺れる。

スマートフォンを取り出すと画面には采斗さんの名前が表示されていた。


逡巡している間に留守番電話に切り替わる。

その後、すぐにメッセージが届く。
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