キミと歌う恋の歌
さっきまで涙で瞳を潤ませていたのは市川さんの方だったのに、今は私の目から流れ落ちた涙が地面にポタポタと丸い模様を作っていた。


「え、泣いてるの?」


目の前で慌てる市川さんの姿がぼんやりと不鮮明になる。


"友達になりたい"
何度も口に出そうとした言葉
何度もかけてもらえないかと待ち望んだ言葉


初めてそれが現実なものになった。


「あの、こんな不束者の私でよければぜひお友達になってください」


情けなくも鼻をすすりながら出したその返事は市川さんのツボに入ったらしい。
お腹を抱えて笑いながら彼女も目尻の涙を拭っていた。


「じゃあ、私にも敬語はやめてあと市川さんっていうのもナシで」


「は、励みます」


「あー、もう敬語じゃん」


「あ、あ、頑張る、ね」


「名前は?何て呼ぶの?」


「メル、とお呼びしても?」


「いいよ!」


跳ねるようなトーンでそう言って市川さん、ではなくメルは勢いよく私に飛びついてきた。


私の体に腕を回すメルは見たこともないくらい満面の笑顔で、私も気を抜いたら恋に落ちてしまいそうなくらいだ。


学校でのメルの様子しか知らない人たちが今のこの表情を見たらあまりの可愛さに卒倒してしまうかもしれない。


「おーい、お前ら何してんだー料理冷えるぞー」


限界突破をしたメルの可愛さに私が体を硬直させていると、タカさんが今度はドアを開けて出てきた。


私たちの様子を見たタカさんは一瞬目を大きく見開いて何度か瞬きをした後、少しだけ泣きそうな顔で微笑んだ。


「友達なれたのか?」


「うん!」


タカさんがメルへ問いかけるとメルは大きく頷いて私の腕に手を絡ませた。


「戻ろ!アイ!」


「う、うん」


メルの尋常なまでの変わりように驚きと焦りでタジタジになりながら頷き、一緒に歩き出すと、タカさんが私の頭に何度か手をポンポンと置いてくれた。


タカさんの顔を見ると、口パクでありがとなと言われて首を振って返したけど、タカさんはニコニコと笑っていた。


席に戻ると注文したものはすでに全て届いていて、レオと津神くんは楽譜をテーブルに置いて話しながら食べ始めていた。


「おーやっと戻ってきたか。メルそんなアイにひっついてやるなよ鬱陶しいだろ」


「うるさいなーほっといてよ」


戻ってきたことに気づいたレオが私とメルの様子を見ても普段と変わらぬ様子で小言を挟むと、メルも対抗するように頬を膨らませた。

さっきまでメルは私の向かいに座っていたが、腕に引っ付いたまま私の隣に座り、注文していたパスタとパンのセットに口をつけ始めたが、私はとてもポテトを食べる気分にはなれなかった。


目の前に座る津神くんのことに気づいたからだ。
正面切ってダメ出しを食らった後色々あったせいで、津神くんとのことをすっかり忘れていた。


私なんぞがメルの隣でうきうきと帰ってきたのを見て津神くんはさらにイラついたことだろう。


実際に彼は今凍てつくような鋭い眼光で私を睨みつけている。


その視線に気づいてはいたが、必死で目を逸らしつつ、ポテトを一本口に頬張った。

遥か昔、記憶がまだ曖昧な頃に家族で食べた気のするファストフードのチェーン店のポテト以来のしょっぱさに少しだけ頬が緩んだ。


昼食をとりながら、それぞれの曲について各自思いついたことを話し合い、改善点を見つけたところでファミレスを後にした。


その後は夜までスタジオにこもって練習を続けた。


休日を家族以外の誰かと過ごすのは初めてだった。

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