キミと歌う恋の歌
「ねえ、戸田さん、何度も頼んで申し訳ないんだけど、これも頼めないかな?」
授業を終え、帰り支度をしていると数名のクラスメイトの女子たちに話しかけられた。
見ると、彼女たちは私に対して数枚の紙を差し出していた。
モザイクアートの一部分だ。
もう2週間後に控えた文化祭だが、文化祭の本分は基本クラスでの出し物だ。
うちの学校では、伝統で3年生は食べ物の屋台、2年生は食べ物以外でお化け屋敷や劇などの教室やステージを使った催し、1年生は展示と決まっている。
展示というどうにも盛り上がりに欠ける出し物しかできないせいで一年生は当日参加に意識が全て向いていて、展示準備に以下に時間や労力をかけずにできるかが勝負らしい。
そんな中、私のクラスの展示はモザイクアートに決まった。
一つの大きなアートをクラス全員で少しずつ担当して作り上げる。
だが、マス目ごとに色の塗り分けが必要なモザイクアートは集中力が必要不可欠だ。
そんな意外と労力のかかる作業は1週間前から1人5枚を目安に始まったのだが、つい数日前、彼女たちから自分の分を少し手伝って欲しいと5,6枚頼まれた。
ハードな運動部に所属しており、なかなか作業に割ける時間がないのだと言われ、快く引き受けた。
誰もがこのタスクを苦に感じているみたいだが、正直なところ私は家に帰ってもすることがないし、何より要領の悪い私でも指示に従って色を塗ればいいだけのこれは非常によい暇つぶしになってむしろ有り難かった。
それにクラスメイトの役に立てて、図々しいかもしれないが少しでも仲良くなれたらという期待もある。
自分の分も頼まれた分も昨日の夜全て完成させて、今日担当のクラスメイトに提出していた。
「この前の分も結構多かったし申し訳ないんだけどさ、私たち部活が忙しくてこれやる時間あんまりとれなくてさ」
「戸田さんは帰宅部だし暇でしょ?」
「お願いできるよね?」
なんだか、気のせいとは思えない強い圧を彼女たちから感じて、ついのけぞったが断る理由はなかった。
「あ、全然大丈夫です。これだけでいいんですか?」
紙たちを受け取ってペラペラとめくっていると、彼女たちは顔を見合わせてなんだか不満足そうな顔をした。
「い、嫌じゃないの?それ」
全く嫌じゃないです、そう答えようと思ったのだが、その直後に起こった突然の出来事に呆気に取られて言えなかった。
私の手にあった紙が突如横から現れた手によって奪い取られたのだ。
驚きつつ、横を見るとそこにはヘッドフォンを首にかけて不機嫌そうな顔をした津神くんが立っていた。
「つ、津神くん!」
女子たちが慌てたように名前を呼んで顔をお互いに見合わせた。
そういえばこの子達は津神くんの熱狂的なファンだ。
津神くんは私をちらりと一瞥して
「面倒なもんだってわかってんなら自分らでやれよ」
とばさりと言い、紙を彼女たちに突き返した。
津神くん親衛隊の皆さんはしばらく決まり悪そうにそこに立っていたが、紙を持って教室から出て行ってしまった。
口を開けたり閉めたりを繰り返す私と、変わらず、どころか余計に不機嫌に拍車をかけた様子の津神くんだけが取り残され、気まずさで心臓が痛かった。
教室でこんなに津神くんと絡むのは初めてだ。
「お前さ、仮にもバンドのメンバーなんだから情けないことしてんじゃねえよ」
どうしたんですかと私が聞く勇気を持てる前に津神くんが私を睨みつけてそう言った。
怒っているのはよくわかったが、私にはその意図がよくわからなかった。
私はいつ情けない行動をしてしまったんだろう。
そんな私のすっとぼけた表情に気づいたのか、「いいように利用されてんだろあいつらに」とわかりやすくため息を吐きながら言われた。
「いいように、利用…」
おうむ返しをする私に怒りが頂点に達したのか津神くんは盛大に舌打ちをして去っていってしまった。
またやってしまった。
バンド加入後から今に至るまで津神くんの私に対する好感度は降下しつづけているだろう。
これが少しでも上昇できる日が来るんだろうか。
維持するのでさえ至難の業なのに。
津神くんの出ていった教室のドアを力なく見つめていると、「あの、戸田さん」と肩を叩かれた。
見ると、さっきとは別のクラスメイトの女子3人組が立っていた。
「あの子達津神くんのファンだから戸田さんに嫉妬してモザイクアート押し付けたりしてるんだと思う。
この前も見てたのに、止めてれなくてごめんなさい」
真ん中の、確か結城さんが突然そう切り出して申し訳なさそうに頭を下げた。
「嫉妬?」
どうも頭が追いつかず、聞き返すしか脳のない私に隣の子が続けた。
「あんな何十枚もやるの大変だよね?私たちも手伝うよ!」
そこまで言われてやっと私は津神くんや結城さんたちが言わんとしていたことに気づいた。
私は別に頼られていたわけではなく、困らせてやろうという意図で彼女たちのモザイクアートの肩代わりを頼まれていたのだ。
それで、津神くんは情けないことをするなと言って、結城さんたちは気を遣ってこうやって話しかけてきてくれたのだ。
気づくと途端に、話しかけられて頼み事までされて浮き足立っていた自分が恥ずかしくなる。
何も疑わず受け入れてた自分は陰ですごく馬鹿にされていたのかもしれない。
だけど、それと同時にこうやって気を遣ってくれた結城さんたちの存在に胸がジンとなる。
これまでこんな風にクラスメイトから話しかけられること自体なかったのに。
「教えてくれてありがとうございます、押し付けられてるのとか全然気づかなかった…。あの、実はモザイクアート頼まれてた分も全部終わってるんです。だから気にしないでください」
恥ずかしながらそう答えると、結城さんたちは目を見開いて顔を見合わせた。
「もう終わったの?!あの量を?!」
「は、はい。時間があったから」
「時間があったって…」
他にすることないのかこいつって思われてそうだな、と俯いていると、結城さんは突然笑い出した。
「戸田さんってすごいね。」
「わ、私が?」
「うん、私勇気がなくて言えなかったんだけど、戸田さんがアカペラで歌ってたのすごく感動したんだ。だから文化祭のライブすごく楽しみにしてるね」
「私も!絶対見に行く!」
「私も!他のクラスの子も言ってたよ!」
3人に口々に言われ、何も言えずしばらく固まっていた。
こんな風に言われたのは初めてだ。
みんなの前で歌って以来は風当たりがすこしだけよくなった気もしていたが、以前とクラスメイトとの距離は変わらなかった。
誰も私には期待していない。
他の4人にしか興味がないのだろうと決めつけていた。
「あの、ありがとうございます、私頑張ります」
飛び上がって喜びたい気持ちを必死で押さえつけてそう返事をすると、結城さんたちは大きく頷いて教室を出て行った。
しかし、高鳴る鼓動はしばらく収まることはなかった。
授業を終え、帰り支度をしていると数名のクラスメイトの女子たちに話しかけられた。
見ると、彼女たちは私に対して数枚の紙を差し出していた。
モザイクアートの一部分だ。
もう2週間後に控えた文化祭だが、文化祭の本分は基本クラスでの出し物だ。
うちの学校では、伝統で3年生は食べ物の屋台、2年生は食べ物以外でお化け屋敷や劇などの教室やステージを使った催し、1年生は展示と決まっている。
展示というどうにも盛り上がりに欠ける出し物しかできないせいで一年生は当日参加に意識が全て向いていて、展示準備に以下に時間や労力をかけずにできるかが勝負らしい。
そんな中、私のクラスの展示はモザイクアートに決まった。
一つの大きなアートをクラス全員で少しずつ担当して作り上げる。
だが、マス目ごとに色の塗り分けが必要なモザイクアートは集中力が必要不可欠だ。
そんな意外と労力のかかる作業は1週間前から1人5枚を目安に始まったのだが、つい数日前、彼女たちから自分の分を少し手伝って欲しいと5,6枚頼まれた。
ハードな運動部に所属しており、なかなか作業に割ける時間がないのだと言われ、快く引き受けた。
誰もがこのタスクを苦に感じているみたいだが、正直なところ私は家に帰ってもすることがないし、何より要領の悪い私でも指示に従って色を塗ればいいだけのこれは非常によい暇つぶしになってむしろ有り難かった。
それにクラスメイトの役に立てて、図々しいかもしれないが少しでも仲良くなれたらという期待もある。
自分の分も頼まれた分も昨日の夜全て完成させて、今日担当のクラスメイトに提出していた。
「この前の分も結構多かったし申し訳ないんだけどさ、私たち部活が忙しくてこれやる時間あんまりとれなくてさ」
「戸田さんは帰宅部だし暇でしょ?」
「お願いできるよね?」
なんだか、気のせいとは思えない強い圧を彼女たちから感じて、ついのけぞったが断る理由はなかった。
「あ、全然大丈夫です。これだけでいいんですか?」
紙たちを受け取ってペラペラとめくっていると、彼女たちは顔を見合わせてなんだか不満足そうな顔をした。
「い、嫌じゃないの?それ」
全く嫌じゃないです、そう答えようと思ったのだが、その直後に起こった突然の出来事に呆気に取られて言えなかった。
私の手にあった紙が突如横から現れた手によって奪い取られたのだ。
驚きつつ、横を見るとそこにはヘッドフォンを首にかけて不機嫌そうな顔をした津神くんが立っていた。
「つ、津神くん!」
女子たちが慌てたように名前を呼んで顔をお互いに見合わせた。
そういえばこの子達は津神くんの熱狂的なファンだ。
津神くんは私をちらりと一瞥して
「面倒なもんだってわかってんなら自分らでやれよ」
とばさりと言い、紙を彼女たちに突き返した。
津神くん親衛隊の皆さんはしばらく決まり悪そうにそこに立っていたが、紙を持って教室から出て行ってしまった。
口を開けたり閉めたりを繰り返す私と、変わらず、どころか余計に不機嫌に拍車をかけた様子の津神くんだけが取り残され、気まずさで心臓が痛かった。
教室でこんなに津神くんと絡むのは初めてだ。
「お前さ、仮にもバンドのメンバーなんだから情けないことしてんじゃねえよ」
どうしたんですかと私が聞く勇気を持てる前に津神くんが私を睨みつけてそう言った。
怒っているのはよくわかったが、私にはその意図がよくわからなかった。
私はいつ情けない行動をしてしまったんだろう。
そんな私のすっとぼけた表情に気づいたのか、「いいように利用されてんだろあいつらに」とわかりやすくため息を吐きながら言われた。
「いいように、利用…」
おうむ返しをする私に怒りが頂点に達したのか津神くんは盛大に舌打ちをして去っていってしまった。
またやってしまった。
バンド加入後から今に至るまで津神くんの私に対する好感度は降下しつづけているだろう。
これが少しでも上昇できる日が来るんだろうか。
維持するのでさえ至難の業なのに。
津神くんの出ていった教室のドアを力なく見つめていると、「あの、戸田さん」と肩を叩かれた。
見ると、さっきとは別のクラスメイトの女子3人組が立っていた。
「あの子達津神くんのファンだから戸田さんに嫉妬してモザイクアート押し付けたりしてるんだと思う。
この前も見てたのに、止めてれなくてごめんなさい」
真ん中の、確か結城さんが突然そう切り出して申し訳なさそうに頭を下げた。
「嫉妬?」
どうも頭が追いつかず、聞き返すしか脳のない私に隣の子が続けた。
「あんな何十枚もやるの大変だよね?私たちも手伝うよ!」
そこまで言われてやっと私は津神くんや結城さんたちが言わんとしていたことに気づいた。
私は別に頼られていたわけではなく、困らせてやろうという意図で彼女たちのモザイクアートの肩代わりを頼まれていたのだ。
それで、津神くんは情けないことをするなと言って、結城さんたちは気を遣ってこうやって話しかけてきてくれたのだ。
気づくと途端に、話しかけられて頼み事までされて浮き足立っていた自分が恥ずかしくなる。
何も疑わず受け入れてた自分は陰ですごく馬鹿にされていたのかもしれない。
だけど、それと同時にこうやって気を遣ってくれた結城さんたちの存在に胸がジンとなる。
これまでこんな風にクラスメイトから話しかけられること自体なかったのに。
「教えてくれてありがとうございます、押し付けられてるのとか全然気づかなかった…。あの、実はモザイクアート頼まれてた分も全部終わってるんです。だから気にしないでください」
恥ずかしながらそう答えると、結城さんたちは目を見開いて顔を見合わせた。
「もう終わったの?!あの量を?!」
「は、はい。時間があったから」
「時間があったって…」
他にすることないのかこいつって思われてそうだな、と俯いていると、結城さんは突然笑い出した。
「戸田さんってすごいね。」
「わ、私が?」
「うん、私勇気がなくて言えなかったんだけど、戸田さんがアカペラで歌ってたのすごく感動したんだ。だから文化祭のライブすごく楽しみにしてるね」
「私も!絶対見に行く!」
「私も!他のクラスの子も言ってたよ!」
3人に口々に言われ、何も言えずしばらく固まっていた。
こんな風に言われたのは初めてだ。
みんなの前で歌って以来は風当たりがすこしだけよくなった気もしていたが、以前とクラスメイトとの距離は変わらなかった。
誰も私には期待していない。
他の4人にしか興味がないのだろうと決めつけていた。
「あの、ありがとうございます、私頑張ります」
飛び上がって喜びたい気持ちを必死で押さえつけてそう返事をすると、結城さんたちは大きく頷いて教室を出て行った。
しかし、高鳴る鼓動はしばらく収まることはなかった。