イジワル御曹司と契約妻のかりそめ新婚生活

『不安だろうからきちんと書面で結婚契約書を作る。それも書き加えよう。他には?』
『え、あ、ない、です』


 それでは、と彼が結婚契約の内容を確認のためもう一度上げていく。私は唖然としてそれを聞いていた。
 互いに干渉しあわずに済み、寝室も別。子供を作る云々は考えない。家事も全部、それぞれでやるがそこは臨機応変。生活のリズムは各々で、相手に合わせる必要はない、などなど。
 私にとっても都合が良すぎるものばかり。その上で、親に心配をかけないために挨拶に行くなどの義務は果たしてくれる。


『他にはないか?』
『いえ、寧ろ、佐々木さんの方は大丈夫なんですか』


 その方が心配なんですが!

 聞いていれば悉く、私向けの結婚だ。まさにいいとこどりである。親には結婚を心配もされているし、挨拶に行けば諸手を上げて喜ぶだろう。実家と連絡を取るたびに『結婚はまだか、恋人は』と言われることがなくなるのもありがたい。
 けど本当に佐々木さんはいいのか。


『これってつまり、結婚自体は本物ですけど完全な仮面夫婦ってことになります。佐々木さんはどうして?』


 お見合いで結婚相手を探すにしても、佐々木さんならいくらでも相手がいる。逆に、私は一度こんな条件を出してしまったらもう二度とお見合い話は来ない可能性が高い。


 どうしてこんな結婚を、しかもノリノリで進めていこうとするんだろう。
 私の疑問に佐々木さんが顔を上げる。そして、衝撃の言葉が耳に飛び込んだ。


『俺も女性は得意じゃない。だから好都合だ』
『えっ、嘘ですよね』


 速攻で切り返したら眉を顰められてしまった。でも、にわかには信じられないことなのだから仕方がない。

 そんな、恵まれた容姿を持っているのに? 冗談でしょう?
 だが至って、彼は真面目な表情を崩さなかった。


『嘘じゃない。しかし仕事の関係上、家庭人という肩書が必要な時があるからいい機会だと思った。それが理由では、足りないだろうか』
『い、いえ……』
『口約束では君も不安だろうから、繊細な部分に関してはきちんと書面で契約を交わそう。それで構わないか?』


 構わないか、と尋ねた時の佐々木さんの声がとても優しく、気づかわしげで。その声を聞いた途端、何だかすっと、力が抜けた気がした。

 足りない、とは思う。愛が、とかそんなものは最初から無いのはわかっているが、考える時間が足りない。
 しかし、彼みたいな人がここまで言うからには、女性が苦手だという部分によほどの何かがあるのかもしれない。

 だからちょっと、同志のようなものも感じたのかも。気が付くと、私はこくんと頷いてしまっていた。

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