イジワル御曹司と契約妻のかりそめ新婚生活
『離さないって決めた』
蕩けた頭には、その言葉は甘い響きにしか聞こえず、そのまま腕の中で浸ってしまっていた。あれからたびたび脳内で勝手に反芻されてしまうその言葉は、ただ嬉しいだけでなく小さな引っかかりを覚えた。
よくよく思えばあの言い方では、離さなければならない可能性もあったようなニュアンスにも感じられる。
考えすぎだろうか。
こういう状況に慣れないから、悪い方に考えてしまいがちなのかもしれない。
「もー、聞かないとダメですってば」
「……うん。近いうちに聞く、ちゃんと」
河内さんの言葉にしっかりと頷いて、空になったお弁当箱の蓋を閉めた。
私が意外にも臆さずに頷いたので、彼女はちょっと驚いたような顔をした。
大丈夫、次はちゃんと聞ける。
そう思った。
『結婚したのが郁人で良かった』
『離さないって決めた』
気持ちを伝えるには不十分かもしれないけれど、これまでの私たちから考えると、改めて上出来なくらいじゃないだろうか。言葉足らずの私たちにしては大きな進歩だ。
そのことにちょっと気が大きくなった。