イジワル御曹司と契約妻のかりそめ新婚生活
「常盤かすみは、常盤不動産の一人娘だ」

こちらもまた、誰もが知る大手不動産会社だ。
引きつる私の表情を真正面から睨みながら、郁人が低い声を出す。

「……ほら。逃げたくなっただろう」
「いや……えええ……本当に、本当?」
「こんなこと、嘘をついても仕方ない」

どうやら本当に本当のことらしい。たしかに、そんな大きな会社を継ぐのなら私が望むような静かな生活は手に入りそうにない。
本当に継ぐことになれば……一体、私たちの生活はどうなるのか。

いや、私、本当に……郁人の妻で、いられるの?

そんな疑問が生まれて、途端に胸が痛んだ。ひやりと指先が冷えていく。
血の気の引いた私の顔色に気が付いたのか、郁人の片手がしっかりと私の頬を掴み、目線を合わさせた。

「逃げないって約束したな?」
「うん、でも」
「俺も約束した。どうにかするから、心配しなくていい」

本当に?
可能なの?
そんなことが?

逃げない、逃げたくないとは思う。
だけど、私の想像が遠く及ばない出来事に、やっぱり怖くなる。

信じたいのに心の中を重く澱んだ不安が占めていって、落ち着かない。
その時、握った手を強く引っ張られて、ぽすんと郁人の胸に受け止められた。
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