Stockholm Syndrome【狂愛】
『あたし、顔が良い彼氏も欲しかったの。それだけ』
手が痺れ、金属音の余韻が尾を残して消えていく。
あまりの沈黙に頭が痛んだ。
……もう関係のないことなんだ。
チアキのことなんてどうでも良いはずだろ。
忘れてしまえ、あんな女のことは。
今の僕には、沙奈だけが。
……沙奈。
さな……!
「沙奈!」
居ても立っても居られずに沙奈の部屋の鍵を開け、ベッドに駆け寄りその傍らにすがった。
「さな……さな」
沙奈は今まで眠っていたのかびくりと身体を揺り、掠れた声を出す。
「なに……?どうしたの?」
「沙奈……」
彼女の声を聞くと強く脈を打つ心臓が次第に落ち着き、暗闇に包まれかけた視界にゆっくりと光が戻っていく感覚がした。
倒れそうになる両足に力を込め、ベッドにのぼり、沙奈の上へとまたがって小さな身体を抱きしめる。
……愛してる。
愛してるんだ。
今、僕の目の前にいるのは、
チアキよりも愛しい人。
「……好きだよ、心の底から。
誰よりも深く、沙奈を愛してる」
震え、怯える彼女の頬を両手で優しく包み、僕は彼女の桜色の唇に口付ける。
沙奈の唇は甘美で柔らかく、何もかもを忘れてしまえる濃厚な麻薬みたいで。
抑えきれなくなって、彼女の唇を貪るようにキスをする。
「ん…んん……っ」
卑猥な水音が鼓膜に響く。
沙奈の口内を味わいながら、僕は目をつぶった。
……君にだけは、顔を見られたくないんだ。
沙奈には、僕の顔じゃなくて……こんなおぞましい容姿じゃなくて、僕の愛を、見つめてほしい。
僕の心を、受け取ってほしいんだ。
見かけだけじゃない、本当の……。