Stockholm Syndrome【狂愛】
「……おいでよ。りんごを剥いてあげる」
沙奈から身体を離し、僕は堪えきれずこぼれ落ちた涙を拭うと扉へと足を向けた。
床に広がった沙奈の髪は、後で掃除をしなきゃいけないな。
でも、今は。
沙奈との幸せをただ、感じていたい。
「あぁ、そうだ。ハサミには気をつけて、さな……」
銀色に鋭く輝くハサミのことを思い出し、
僕は振り向いて
「……っ、あ"……ぐっ……」
……あつい。
僕は目を見開き、突然 火を当てたように熱くなった自分の胸に視線を向ける——。
そこから飛び出していたのは、僕の持っていたハサミの柄。
柄を、両手で握りしめるの、は……。
「本当に、愛されると思ったの?」
沙奈が、無邪気に、笑う。
沙奈が力の限りに突き刺さった刃先を引き抜き、熱さが明確な痛みに変わった。
視界が地震のように揺れ、身体が振動し、顔に長いものが張り付いた。
微かな石鹸の香り。
黒く艶やかな髪の海。
僕はそこに、倒れたようだった。
胸に手を当てれば、生温かいものが、脈に合わせてどくどくと僕の身体から流れ出る。
溢れて、髪と混ざって僕にまとわりつく。
何が起こった。
沙奈が明るく、無垢に微笑んで、僕を見下ろしていた。
「っ……さな」
影がかかった沙奈の顔の中で、らんらんとブラウンの瞳だけが輝いている。
そこに、僕は、映ってはいない。
やっと状況を理解する。
僕は……沙奈に、殺されるのか。
「……早く死ねよ、ストーカー野郎」
冷たい声が、吐き捨てられた。