恋を忘れたバレンタイン
もう一度、ほっとレモンのボトルを両手で包み、一口喉に流し込んだ。

 よし! と気合を入れて顔上げると、そこにはデスクからこちらを見ている彼の目があった。また一瞬睨むと、彼は目を逸らせてしまった。


 夕方定時をまわると、ガタガタとデスクを片付ける音が響きだす。

 なんとなくいつもより早々に帰る支度をする若者が多いのは、バレンタインデーが影響しているのだろうか? クリスマス程の盛り上がりは無いと思っていたが、相手のいる若者達には、大きなイベントなのだと、改めて実感した。

 それだけでは無く、正面に座る部長も立ち上がるとデスクの引き出しから、赤い紙袋を大事そうに抱え帰って行った。例え義理でも嬉しい物なのだろう。又、別の意味でのバレンタインデーを実感した。

 取り合えず仕事も落ち着き、帰り支度を始めようかと思うが身体が重い。

 ふと、デスクの上の余ったチョコに手を伸ばす。喉の痛みにチョコを食べる気にもなれず、なんとなく金色の包をいじってみる。片手でデスクの上を転がす。こんな事をしていないで早く帰ればいいと自分でも思うが、体が言う事をきかない。

 電車で帰るのは無理かな? タクシー拾ってドラッグストアーに寄って薬と氷を買って帰ろうか、などと考えながらチョコを転がす。


「はあ―っ」

 大きなため息が漏れてしまった時だ。


「浅島主任……」

 背後からの声に、慌ててチョコを転がす手を止め振り向いた。


「はい……」


 と、返事をした自分の目が泳いだのが分かった。
< 10 / 114 >

この作品をシェア

pagetop