恋を忘れたバレンタイン
気が付けば、私の島には誰も残っていなかった。
 慌てて背筋を伸ばし、主任の顔を作る。


「どうしたの? 何か浦木君に頼まれた資料があったかしら?」

私は、パソコンへ目を向けようとした。
その時彼は、私を睨んではいなかった。少しほっとして、仕事モードに頭を切り替えたのだが……


「そのチョコ、俺にもらえませんか?」


「えっ?」

思いもしない言葉に、思わず彼の顔を見た。

 愛想よく笑っている訳でもないが、睨んでもいない。

 彼は、私の手の先に目を向けた。自分がチョコを触ったままで居る事に気が付き、慌ててチョコを持ち上げた。


「そのチョコです」

 彼は、又言った。

 このチョコが好きなのだろうか?


「ええ、いいわよ。余り物でごめんなさい」

 私は、チョコを手の平にのせ、彼の手の前に差し出した。

 彼の顔が少しだけ緩んだ気がした。


 彼は、すっと私の手の平に、指を重ね一粒のチョコを持ち上げた。その瞬間、微かに彼の指が私の手の平に触れた。


「このチョコ、本命って事にしてもらえませんか?」
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