恋を忘れたバレンタイン
 今まで、バレンタインデーなどたいして重要な日ではないと思っていた。
 でも、恋愛だけでなく、人と人との繋がりに意味をもたせる日でもあるのかもしれない。

 佐々木夫妻の、ホワイトデーの暖かいお返しに、自分の拗れた強がりがちっぽけに思えてくる。


「わあ…… 主任、それ佐々木さんからですよね? 素敵。私はこれです」

 加奈の手にしたハンカチには、薄いピンクだが、ユリの花が凛々しく刺繍されていた。
 いつも明るく、元気な加奈のだが、真面目で芯のある加奈の一面が出ている気がした。


 私の中にも、こんな可憐で柔らかい一面があるのだろうか? 

 私は、カスミソウの刺繍を見つめた。


 頂いたハンカチを鞄にしまおうとした瞬間、何か部屋の空気に違和感が広がった。


「あ―っ。浦木さん、お疲れ様です」

 どこからやってきたのか、彼の席の周りに女の子達のかたまりが出来ていた。

 女の子の影で、よく見えないが、彼が帰ってきたのだ。


 パソコンを広げる手が震えた……
< 61 / 114 >

この作品をシェア

pagetop