海軍提督閣下は男装令嬢にメロメロです!

 父ちゃんの話は、否応なしに私の胸をときめかせる。目を輝かせて見上げる私に、父ちゃんは苦笑してうなずいた。
「世界は広いんだ。俺たちが暮らすルドランス王国がある大陸とは、また別の大陸もある。その大陸にも多くの国があり、そこに息づく人々の暮らしがある」
 父ちゃんは遠いどこかを見つめ、懐かしむように目を細めた。今、宙を仰ぐ父ちゃんの目に映るのは、きっと風呂場の天上じゃない。
 父ちゃんの脳裏には、かつて目にした広大な世界が鮮やかによみがえっているんだろう。父ちゃんにそんな目をさせる、世界……。
 若き日の父ちゃんが見た、ここじゃない、違う世界。それを私も、見てみたいと思った。
「違う大陸の、違う国々か! なぁ父ちゃん、その大陸で、父ちゃんはなにを見た? なにを感じた?」
だけど私がしたこの質問に、父ちゃんはクシャリと表情をゆがめた。
「なにを……それはまた、難しい質問だな。だけどそうだな、父とふたり、楽しいばかりじゃなく、あらゆる世情の悲喜こもごもを目にしてきた。足元にある、何気ない日常のありがたさ、旅の終わりに俺は、これを噛みしめた」
 広い世界を知ることで、足元にある何気ない日常の幸福を知る。
「……そっか」
 父ちゃんからもたらされた答えは私が望んだ、こんなすごい物を見た、こんな珍しい物を見た、といった答えとは違っていた。

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