オトナの事情。
彼は少し驚いた顔をして、でも、優しく微笑んだまま、言った。
「…少し、悲しい話をしてもいい?」
ルナのお父さんと、お母さんのこと。
そう言われただけで、彼の言いたいことは、なんとなく分かった。
『…知らない方が、幸せなこともあるって、今は思ってる。』
“ 2人は、自殺だった。”
そう教えられて生きてきて、一度も疑問を抱かなかったわけではない。
何故あの日、母は私たちを訪ねることを許されたのか?
何故私は、母の実家ではなく天王寺家に引き取られることになったのか?
そして大きくなってから知った、母の実家の闇に葬られた不正問題の噂。
でも、この家に嫁ぐことは決まっているのに、証拠もない疑いを胸にかかえて生活するのも、バカバカしいから。
心中で両親を失った天涯孤独の私を、お義父様は、助けてくれた。
それが真実かどうかは、問題じゃない。
ただ、決定的な証拠が無い限り、私は、そう信じて生きていく。
それだけ。
そこまで考えて、彼の言葉に引っかかる。
彼はたしかさっき、取り返す準備に時間がかかった、と言った。
『…まさか…!』
「…出過ぎたことしてごめん。でも、これしか方法が無かったんだよ。」
そんな彼の言葉に被せるように、外でサイレンが響くのが聞こえた。