オトナの事情。






彼は少し驚いた顔をして、でも、優しく微笑んだまま、言った。





「…少し、悲しい話をしてもいい?」







ルナのお父さんと、お母さんのこと。








そう言われただけで、彼の言いたいことは、なんとなく分かった。






『…知らない方が、幸せなこともあるって、今は思ってる。』









“ 2人は、自殺だった。”






そう教えられて生きてきて、一度も疑問を抱かなかったわけではない。


何故あの日、母は私たちを訪ねることを許されたのか?


何故私は、母の実家ではなく天王寺家に引き取られることになったのか?


そして大きくなってから知った、母の実家の闇に葬られた不正問題の噂。




でも、この家に嫁ぐことは決まっているのに、証拠もない疑いを胸にかかえて生活するのも、バカバカしいから。




心中で両親を失った天涯孤独の私を、お義父様は、助けてくれた。






それが真実かどうかは、問題じゃない。


ただ、決定的な証拠が無い限り、私は、そう信じて生きていく。



それだけ。







そこまで考えて、彼の言葉に引っかかる。




彼はたしかさっき、取り返す準備に時間がかかった、と言った。








『…まさか…!』





「…出過ぎたことしてごめん。でも、これしか方法が無かったんだよ。」





そんな彼の言葉に被せるように、外でサイレンが響くのが聞こえた。





< 173 / 184 >

この作品をシェア

pagetop