Crazy for you ~引きこもり姫と肉食シェフ~
藤堂は器用に人参一本を上から下へ流れる様に皮を剥きながら言った、その横顔を莉子は手を止めて見つめてしまう。
気付いた藤堂はふと顔を上げて、莉子と目を合わせると、
「ほら──」
莉子も作業を──と言いかけて、止まる。
「はい?」
すっかり怒られるものだと思った莉子は、藤堂の様子に気付く。
「──あの。俺、あなたの名前を知らないって思って」
「え、あ……!」
自己紹介すらしていなかったか、と莉子は途端に恥ずかしくなる。藤堂は恥ずかし気に微笑んだ。
「ごめん、なんとなく、805号室の……って感じで呼んでました」
それは莉子の部屋の番号だ。
「そ、そうですよね、ごめんなさい、花村莉子と言います」
莉子は切りかけのジャガイモを持ったまま、小さく頭を下げた。
「花村さんか──綺麗な名前ですね」
言われて莉子は一気に顔に朱が上り、全身が震える。
名前を呼ばれただけで嬉しいと思えた、なのに綺麗な名前などと……そんな事を言われたのは初めてだった。
*
小一時間ほどで、タッパー五つ分の惣菜ができあがった。
「これだけあれば、今日一日持つでしょう」
藤堂はエプロンを外しながら言う。
「いいですか? 明日の朝、俺が思う以上にこれらが残っていたら、グーパンチです」
「ええ!?」
何故そこまでされないといけないか、と思う。
「季節柄、朝ご飯の分を取ったら冷蔵庫にしまうんですよ? それと出汁は筒形のタッパーに入れて冷蔵庫に入れましたから、毎食お味噌汁でも作ってください、豆腐くらいなら簡単でしょう。面倒ならお澄ましでもいいです、薄口しょうゆは持ってきましたから、ここですよ? 他の料理にも使おうと多めに取りました、日持ちも二日くらいならしますから無理に呑みきらなくてもいいです」
「もう! 子供じゃないんですから、ちゃんとやります!」
思わず声を上げた途端、その顎を藤堂は右手で掴んだ、左右の頬を指先で挟む。
「──あの」
綺麗だが意志の強い黒い瞳に魅入られて、それから逃げられない莉子は慌てて視線だけは外した。
「子供じゃないならしっかり飲食してください。正直弟より手がかかっています」
──じゃあ、ほっといてくれても──とは口が裂けても言えなかった。
「──はい」
素直に肯定の返事をすると、藤堂はにこっと笑って手を離した。だがただ手を開いて離したのではない、指先で、莉子の頬をそっと撫でるように離れ行く。
「──え」
その優しい仕草に、莉子の心臓は勝手に跳ね上がった。
「では、また明日」
いつものように約束をして、藤堂は帰って行った。
***
藤堂は毎日決まった時間にやって来た。
それは朝晩が涼しく感じるようになっても続いた。
「そういえば、朝は寝ているような事を言ってましたけど、今はちゃんと起きているようですね、安心しました」
言われて、莉子は「はあ」と力なく答える。
藤堂に逢えるのが楽しみだとは言えない、藤堂が来るからと早寝早起きの習慣が身について来たのは間違いない。
気付いた藤堂はふと顔を上げて、莉子と目を合わせると、
「ほら──」
莉子も作業を──と言いかけて、止まる。
「はい?」
すっかり怒られるものだと思った莉子は、藤堂の様子に気付く。
「──あの。俺、あなたの名前を知らないって思って」
「え、あ……!」
自己紹介すらしていなかったか、と莉子は途端に恥ずかしくなる。藤堂は恥ずかし気に微笑んだ。
「ごめん、なんとなく、805号室の……って感じで呼んでました」
それは莉子の部屋の番号だ。
「そ、そうですよね、ごめんなさい、花村莉子と言います」
莉子は切りかけのジャガイモを持ったまま、小さく頭を下げた。
「花村さんか──綺麗な名前ですね」
言われて莉子は一気に顔に朱が上り、全身が震える。
名前を呼ばれただけで嬉しいと思えた、なのに綺麗な名前などと……そんな事を言われたのは初めてだった。
*
小一時間ほどで、タッパー五つ分の惣菜ができあがった。
「これだけあれば、今日一日持つでしょう」
藤堂はエプロンを外しながら言う。
「いいですか? 明日の朝、俺が思う以上にこれらが残っていたら、グーパンチです」
「ええ!?」
何故そこまでされないといけないか、と思う。
「季節柄、朝ご飯の分を取ったら冷蔵庫にしまうんですよ? それと出汁は筒形のタッパーに入れて冷蔵庫に入れましたから、毎食お味噌汁でも作ってください、豆腐くらいなら簡単でしょう。面倒ならお澄ましでもいいです、薄口しょうゆは持ってきましたから、ここですよ? 他の料理にも使おうと多めに取りました、日持ちも二日くらいならしますから無理に呑みきらなくてもいいです」
「もう! 子供じゃないんですから、ちゃんとやります!」
思わず声を上げた途端、その顎を藤堂は右手で掴んだ、左右の頬を指先で挟む。
「──あの」
綺麗だが意志の強い黒い瞳に魅入られて、それから逃げられない莉子は慌てて視線だけは外した。
「子供じゃないならしっかり飲食してください。正直弟より手がかかっています」
──じゃあ、ほっといてくれても──とは口が裂けても言えなかった。
「──はい」
素直に肯定の返事をすると、藤堂はにこっと笑って手を離した。だがただ手を開いて離したのではない、指先で、莉子の頬をそっと撫でるように離れ行く。
「──え」
その優しい仕草に、莉子の心臓は勝手に跳ね上がった。
「では、また明日」
いつものように約束をして、藤堂は帰って行った。
***
藤堂は毎日決まった時間にやって来た。
それは朝晩が涼しく感じるようになっても続いた。
「そういえば、朝は寝ているような事を言ってましたけど、今はちゃんと起きているようですね、安心しました」
言われて、莉子は「はあ」と力なく答える。
藤堂に逢えるのが楽しみだとは言えない、藤堂が来るからと早寝早起きの習慣が身について来たのは間違いない。