Crazy for you ~引きこもり姫と肉食シェフ~
言われて途端に莉子の眉間に皴が寄る。
「……なんか嫌いな言葉です、食育って」
食べる事まで教育になるのか、と言う反発である。
藤堂は小さな溜息を吐いた。
「食べる事と教育がイコールだと思っているんでしょう? 違いますよ。判りやすく言えば、美味しく食べられる植物と毒のある植物の見分け方を学ぶと思えばいいんです。致死性の高い植物を食べて確かめていたら身が持たないでしょう? それを教えてくれるのが食育です」
「──はあ」
どうせ買い物はいつもスーパーか通販だけど、とは思ったが敢えて言わなかった。
「とにかく、これ。召し上がってください」
「あの、でも……」
「安心して下さい。俺は元町でフレンチレストランを経営してるシェフです。余り物のまかない程度のものですけど」
「わあ……シェフの方の手作り弁当ですか……」
「ええ。少しは興味持ってくれました?」
藤堂は、食べる事にと言う意味で聞いたのだが。
莉子は違う事──藤堂自身の事を聞かれたと思って、顔に朱が上る。
「はい、あの、ありがとうございます」
莉子は真っ赤な顔のまま、その小さな箱を受け取った。
「箱は使い捨てなので捨ててくれて構いません。それでは失礼しました」
頭を下げて帰っていく。
その背を莉子は、弁当を抱き締めるように持ったまま見送った。
エレベーター脇の階段エリアに入っていく直前に藤堂は振り返り、再度莉子に会釈した、ずっと見ていたのがばれてしまい、莉子はますます恥ずかしくなる。
部屋に戻り、小さなダイニングテーブルにもらった弁当を置いた、それまで特にお腹は空いていなかったのに、何故だか急に空腹を覚えた。
箸を出しテーブルに座る、そっと手を合わせてから箱を開けた。
途端においしそうな香りが鼻腔をくすぐった。
ぐう、と胃がその場所を知らせる。こんな感覚はいつ以来だろうか。
白いご飯の上にたっぷりの生野菜と、その上に直接ソテーされたヒレとフォアグラのステーキが乗っていた、甘辛く感じるソースと肉汁がご飯に沁みていて、一見大量と思えた弁当だったが平らげてしまった。
「──おいし……」
味覚もお腹も満足な食事など、遠い記憶だ。
お菓子でも固形物を口にするならまだいい方、最悪液体のみ、しかも水だけで数日なんてこともある、誰も注意しない生活がいけないのだろうか。食事はお腹が膨れればいい、くらいでしかなかった。
(藤堂さん……か……)
重く感じる胃を押さえながら、長身の美丈夫の姿を思い出していた。
*
真夜中に部屋を抜け出した。
一階のロビーにあるメールボックスは部屋の順番に並んでいる、莉子の部屋の真上に当たるボックスには名前は無く刻印された部屋番号しかなかったが。
そこへ、そっと手紙を落とした。
ついでに自身のメールボックスも確認する、三日ぶりに覗いた中身はチラシばかりだった。
***
翌日も同じような時間にインターフォンが鳴った、今日は不思議と嫌な気分にはならなかった。
モニターに映る藤堂の姿に安堵と確信を覚えて、莉子は素早く受話器を取った。
「はい」
そんな気配はさせずに、応答する。
『藤堂です』
言って今日も手に持っている弁当を少し持ち上げた。
「今、行きます」
はやる気持ちを懸命に抑えて、莉子は玄関へ向かう。ドアを開けると、藤堂は破顔して出迎えた。
「お手紙、ありがとうございます」
言われて莉子は赤くなった頬を隠すように俯き、頭を左右に振った。
未明にしたためた手紙には、美味しい弁当をありがとうございます、と礼を書いただけだ。
「嬉しかったので、また作ってきてしまいました」
「でも、シェフをしていらっしゃるなら、料理がおいしかったなんて、いつも言われているのでは……」
「まあ、そうですけど。でもお手紙を頂いたのは初めてですね」
莉子はますます赤くなって俯いた。
「ごめんなさい、催促みたいでしたか?」
「……なんか嫌いな言葉です、食育って」
食べる事まで教育になるのか、と言う反発である。
藤堂は小さな溜息を吐いた。
「食べる事と教育がイコールだと思っているんでしょう? 違いますよ。判りやすく言えば、美味しく食べられる植物と毒のある植物の見分け方を学ぶと思えばいいんです。致死性の高い植物を食べて確かめていたら身が持たないでしょう? それを教えてくれるのが食育です」
「──はあ」
どうせ買い物はいつもスーパーか通販だけど、とは思ったが敢えて言わなかった。
「とにかく、これ。召し上がってください」
「あの、でも……」
「安心して下さい。俺は元町でフレンチレストランを経営してるシェフです。余り物のまかない程度のものですけど」
「わあ……シェフの方の手作り弁当ですか……」
「ええ。少しは興味持ってくれました?」
藤堂は、食べる事にと言う意味で聞いたのだが。
莉子は違う事──藤堂自身の事を聞かれたと思って、顔に朱が上る。
「はい、あの、ありがとうございます」
莉子は真っ赤な顔のまま、その小さな箱を受け取った。
「箱は使い捨てなので捨ててくれて構いません。それでは失礼しました」
頭を下げて帰っていく。
その背を莉子は、弁当を抱き締めるように持ったまま見送った。
エレベーター脇の階段エリアに入っていく直前に藤堂は振り返り、再度莉子に会釈した、ずっと見ていたのがばれてしまい、莉子はますます恥ずかしくなる。
部屋に戻り、小さなダイニングテーブルにもらった弁当を置いた、それまで特にお腹は空いていなかったのに、何故だか急に空腹を覚えた。
箸を出しテーブルに座る、そっと手を合わせてから箱を開けた。
途端においしそうな香りが鼻腔をくすぐった。
ぐう、と胃がその場所を知らせる。こんな感覚はいつ以来だろうか。
白いご飯の上にたっぷりの生野菜と、その上に直接ソテーされたヒレとフォアグラのステーキが乗っていた、甘辛く感じるソースと肉汁がご飯に沁みていて、一見大量と思えた弁当だったが平らげてしまった。
「──おいし……」
味覚もお腹も満足な食事など、遠い記憶だ。
お菓子でも固形物を口にするならまだいい方、最悪液体のみ、しかも水だけで数日なんてこともある、誰も注意しない生活がいけないのだろうか。食事はお腹が膨れればいい、くらいでしかなかった。
(藤堂さん……か……)
重く感じる胃を押さえながら、長身の美丈夫の姿を思い出していた。
*
真夜中に部屋を抜け出した。
一階のロビーにあるメールボックスは部屋の順番に並んでいる、莉子の部屋の真上に当たるボックスには名前は無く刻印された部屋番号しかなかったが。
そこへ、そっと手紙を落とした。
ついでに自身のメールボックスも確認する、三日ぶりに覗いた中身はチラシばかりだった。
***
翌日も同じような時間にインターフォンが鳴った、今日は不思議と嫌な気分にはならなかった。
モニターに映る藤堂の姿に安堵と確信を覚えて、莉子は素早く受話器を取った。
「はい」
そんな気配はさせずに、応答する。
『藤堂です』
言って今日も手に持っている弁当を少し持ち上げた。
「今、行きます」
はやる気持ちを懸命に抑えて、莉子は玄関へ向かう。ドアを開けると、藤堂は破顔して出迎えた。
「お手紙、ありがとうございます」
言われて莉子は赤くなった頬を隠すように俯き、頭を左右に振った。
未明にしたためた手紙には、美味しい弁当をありがとうございます、と礼を書いただけだ。
「嬉しかったので、また作ってきてしまいました」
「でも、シェフをしていらっしゃるなら、料理がおいしかったなんて、いつも言われているのでは……」
「まあ、そうですけど。でもお手紙を頂いたのは初めてですね」
莉子はますます赤くなって俯いた。
「ごめんなさい、催促みたいでしたか?」